ということで、2025年5月に発表されたのが、以下のペーパーです。
Bassignana, E., Cercas Curry, A., & Hovy, D. (2025). ”The AI Gap: How Socioeconomic Status Affects Language Technology Interactions”
https://arxiv.org/pdf/2505.12158
私たちの社会的・経済的な立場が、AIの使い方にどれほど大きな影響を与えているかを初めて科学的に明らかにしました。
この研究が示す「AIギャップ」は、単なる技術の問題ではなく、私たちの社会の未来を左右する重要な課題なのです。
この面白論文の超意訳します。ちょっとだけ、補足説明や考察なども交えています。厳密でない箇所もありませので、ご了承ください。
Contents
社会経済的地位(SES)って何?
まず、この研究の中心となる「社会経済的地位」について説明します。
社会経済的地位とは、簡単に言えば「その人が社会の中でどのような位置にいるか」を表す指標です。
これは単純に収入の多寡だけで決まるものではありません。
社会経済的地位SESを構成する要素には、経済的資本(収入、資産)、文化的資本(教育、知識、趣味)、社会的資本(人脈、コミュニティとのつながり)があります。
例えば、医師や弁護士、大企業の管理職は一般的に高い社会経済的地位にあるとされ、非正規雇用で働く人々は低い地位に分類されることが多いです。
なぜこの概念が重要なのでしょうか。
それは、私たちの言語使用、思考パターン、そして新しい技術との向き合い方まで、社会経済的地位が深く影響しているからです。
この影響は、AIという新しい技術の使い方にも明確に表れているのです。
大規模調査が明らかにした衝撃的な事実
このペーパーを発表した研究チームは、アメリカとイギリスの1,000人を対象に詳細な調査を実施しました。
参加者は自分の社会経済的地位SESを1から10のスケールで自己評価し、さらに教育レベル、職業、住居状況などの詳細情報を提供しました。
面白いことに、彼ら・彼女らが実際にAIチャットボットに送った6,482個のプロンプト(質問や指示)を分析したのです。
発見1:デジタルアクセスと使用頻度の階層差
まず基礎的なレベルから違いが現れました。
日常的なデジタルデバイスへのアクセスを見ると、スマートフォンは全階層で80-90%とほぼ同等でしたが、タブレットやラップトップ、スマートウォッチの使用率はSESの高い人ほど高くなっていました。
さらに興味深いのは、AIチャットボットの使用頻度です。統計分析(χ²検定)の結果、社会経済的地位SESと使用頻度には強い相関関係があることが判明しました(p < 0.001)。
SESの高い人は「毎日」使用する割合が高く、SESの低い人は「めったに使わない」「まったく使わない」と答える割合が顕著に高かったのです。
発見2:使用目的の劇的な違い
AIをどのような目的で使用するかという点で、階層間の違いはさらに鮮明になりました。
SESの高い人の使用目的は、主に生産性向上と専門的なタスクに集中していました。
具体的には、仕事関連の文書作成、コーディング、データ分析、数学的問題の解決、要約やパラフレーズといった高度な言語処理タスクです。また、投資アドバイスや旅行計画といった、将来の計画に関わる用途も目立ちました。
一方、SESの低い人は、エンターテインメント、一般的な会話、基本的な質問応答、日常的な問題解決(レシピ検索、節約方法など)といった、より即時的で具体的な用途でAIを使用する傾向がありました。
この違いを考えてみてください。
一方のグループはAIを使って自分のスキルを向上させ、仕事の効率を上げています。
もう一方のグループは主に娯楽や日常的な問題解決に使っています。
1年後、5年後、この使い方の違いがどのような結果の差を生み出すか、想像できるでしょうか。
発見3:プロンプトに現れる言語的階層
最も驚くべき発見は、AIへの質問の仕方(プロンプト)における言語的な違いでした。
研究者たちは、収集した6,482個のプロンプトを詳細に分析し、以下のような特徴を発見しました。
【プロンプトの長さ】
SESの高い人の平均は18.4語、低い地位の人は27.0語と、統計的に有意な差がありました(p < 0.05)。これは単なる長さの違いではありません。SESの高い人はより簡潔で効率的な指示を出し、SESの低い人はより詳細で冗長な説明をする傾向があったのです。
【具体性と抽象性】
40,000語のデータベースを使って各単語の具体性スコアを分析し、SESの高い人ほど抽象的な概念を扱う傾向があることを発見しました(上位層2.57、下位層2.66、数値が低いほど抽象的)。
【擬人化の傾向】
SESの低い人ほど「こんにちは」「ありがとう」といった挨拶や礼儀正しい表現を使い、AIを人間のように扱う傾向が強いことが分かりました。これは一見些細なことのようですが、AIとの適切な距離感を保つという観点から重要な発見です。
最も驚くべき発見は、AIへの質問の仕方にも階層による違いがあったことです。
【SESの高い人の質問の例(イメージ)】
「Q3売上レポート要約」 「Python データ可視化 matplotlib」 「包括的職場環境 改善策」
- 短く簡潔(平均18語程度)
- 専門用語を使う
- 命令形で指示する
- 抽象的な概念を扱う
【SESの低い人の質問の例(イメージ)】
「こんにちは。今日は鶏肉を使って家族3人分の夕食を作りたいのですが、 おいしくて簡単なレシピを教えていただけますか?」 「借金を減らすための一番良い方法は何でしょうか? 具体的なアドバイスをお願いします。」
- 長く丁寧(平均27語程度)
- 日常的な言葉を使う
- 「こんにちは」「ありがとう」などの挨拶を含む
これらの例から、単に質問の内容が違うだけでなく、抽象度、専門性、そして将来志向性において明確な違いがあることが分かります。
なぜこの「AIギャップ」が深刻な問題なのか
ここまでの発見を踏まえて、なぜこの問題が私たちの社会にとって深刻なのか、3つの観点から考えてみましょう。
既存の不平等の加速度的な拡大
技術革新は歴史的に、それを活用できる人とできない人の間に格差を生み出してきました。
印刷技術、インターネット、スマートフォン、すべてがそうでした。
しかし、AIは過去のどの技術よりも強力で、その影響は計り知れません。
SESの高い人がAIを使って仕事の生産性を向上させ、新しいスキルを学び、より良い意思決定を行う一方で、SESの低い人が主に娯楽目的でしか使わないとしたら、その差は時間とともに指数関数的に広がっていくでしょう。
これは「マタイ効果」(富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる)の21世紀版と言えるかもしれません。
AIシステムの構造的バイアス
現在のLLMは、短く簡潔で専門的な指示に対してより良い応答を返すように訓練されています。
これは偶然ではありません。
開発者や初期利用者の多くが高いSESの人であり、彼ら・彼女らの言語使用パターンが「標準」として組み込まれているのです。
これは、公共の建物がすべて階段しかなく、スロープやエレベーターがない状況に似ています。
一部の人にとっては問題ありませんが、多くの人にとってはアクセスしづらい構造になっているのです。
評価基準の偏りと見えない格差
現在のAI評価ベンチマークは、要約、翻訳、数学的問題解決など、主に高いSESの人々が行うタスクに偏っています。
一方、SESの低い人が重視する用途(日常会話、感情的サポート、実用的アドバイス)は、評価の対象になりにくいのです。
これにより、AIの「改善」は常に一部の人々のニーズに向けられ、他の人々のニーズは見過ごされがちになります。
見えない格差が、技術の進歩とともにさらに深まっていく危険性があるのです。
より公平なAI社会の実現に向けて:具体的な提言
では、この「AIギャップ」を縮小し、より公平な社会を実現するために、何ができるでしょうか。
開発者ができること
- 日常的な言葉でも専門用語でも、同じように良い回答を返す
- 長い質問でも短い質問でも、適切に理解する
- 使う人の背景に関わらず、公平なサービスを提供する
教育現場でできること
- 単に「使い方」だけでなく、「何のために使うか」を考える
- 仕事や学習に活用する具体的な方法を学ぶ
- AIの限界や注意点についても理解する
個人ができること
- 自分のAIの使い方を振り返ってみる
- もっと生産的な使い方がないか探してみる
- 周りの人とAIの活用方法を共有する
- AIを道具として適切な距離感を保つ
まとめ
AIという革新的な技術が、社会の格差を広げる道具になるか、それとも格差を縮小する力になるか。それは私たち次第です。
この研究が示した「AIギャップ」は、単なる技術的な問題ではありません。
それは私たちの社会が抱える構造的な不平等が、新しい形で現れたものです。しかし同時に、この問題を認識し、対処することで、より公平で包括的な社会を作るチャンスでもあるのです。
あなたは今、AIをどのように使っていますか?
そして、もっと効果的に活用する方法はないでしょうか?
小さな一歩から始めて、徐々に活用の幅を広げていくことで、誰もがAIの恩恵を受けられる社会の実現に貢献できるはずです。