第471話|販促費の3割を削減しても売上維持
地方スーパーがMMMで見つけた「本当に効く施策」

第471話|販促費の3割を削減しても売上維持  地方スーパーがMMMで見つけた「本当に効く施策」

「チラシをやめたら売上が落ちるのでは?」
「LINE配信って本当に効果があるの?」

複数の販促施策を同時に走らせている小売業の方なら、一度はこうした疑問を抱いたことがあるのではないでしょうか。

今回は、MMM(マーケティングミックスモデリング)を活用して販促効果を可視化し、予算の最適配分に成功した地方スーパーA社の事例をご紹介します。

データに基づいた意思決定が、どのようにして「聖域」だった販促費の見直しを可能にしたのか、その道のりを紹介します。

約50店舗を抱える地方スーパーの悩み

 「効いているはず」で続く販促費

A社は、東日本に約50店舗を展開する食品スーパーです。

地域密着型の経営で堅実な成長を続けてきましたが、近年は競合の出店攻勢やネットスーパーの台頭により、販促戦略の見直しを迫られていました。

A社の販促は大きく3つの柱で構成されていました。

週2回発行する折込チラシ、LINE公式アカウントを通じたクーポン配信、そして店頭に設置するPOP広告です。

年間の販促費は約3億円にのぼり、その内訳はチラシが約6割、LINE関連が約2割、店頭POPが約2割という配分でした。

しかし、この予算配分には明確な根拠がありませんでした。

チラシは創業当初から続けてきた「伝統」であり、「やめたら売上が落ちるかもしれない」という漠然とした不安から、誰も削減を言い出せない状況が続いていました。

販促部の担当者のBさんは、次のように語っていました。

「チラシの効果を聞かれても、『昔から効いているはずです』としか答えられませんでした。数字で説明できないことが、ずっと引っかかっていたんです」

 現場から上がる疑問の声

一方、店舗の現場スタッフの肌感覚では、次のような声が上がっていました。

「チラシを見て来たというお客様が減っている気がする」

LINE担当者からも、次のような疑問が出ていました。

「クーポンの利用率は悪くないのに、なぜ予算が増えないのか」

問題をさらに複雑にしていたのは、店舗ごと、週ごとの売上変動の大きさです。

天候、競合の動き、地域イベントなど、売上に影響する要因は無数にあります。

特定の週に売上が伸びても、それがチラシのおかげなのか、たまたま天気が良かったからなのか、判断がつきませんでした。

このような状況で、販促部のBさんは、次のように語っていました。

「感覚的には分かっているつもりでも、経営会議で『チラシを減らしましょう』とは言えませんでした。根拠がなければ、誰も責任を取れませんから」

こうした状況を打開するため、A社はMMMの導入を決断しました。

MMMで販促効果を「分解」する

 MMMとは何か

MMM(Marketing Mix Modeling)とは、売上に影響を与える複数の要因を統計的に分解し、それぞれの貢献度を定量化する分析手法です。

テレビCM、Web広告、チラシ、価格変更など、同時に実施されている施策の効果を個別に評価できることが最大の特徴です。

従来の効果測定では、「チラシを配布した週は売上が上がった」という相関関係は見えても、それが本当にチラシの効果なのか、他の要因によるものなのかを切り分けることが困難でした。

MMMは統計モデルを用いて、複数の変数が売上に与える影響(例:チラシによる増分売上など)を同時に推定することで、この課題を解決します。

 MMMに使用したデータ

A社では、過去2年分のデータを用いて分析を行いました。

まず売上データとして、各店舗の日別・カテゴリ別POS売上を収集しました。

販促データとしては、チラシの配布枚数と掲載商品情報、LINE配信の送信数・開封数・クリック数・クーポン利用数、店頭POPの設置店舗数と設置期間を整理しました。

加えて、売上に影響を与える外部要因も考慮しました。

天候データ(気温、降水量)、曜日・祝日フラグ、競合店のチラシ情報、地域イベントのカレンダーなどです。

これらの要因をモデルに組み込むことで、販促施策の「純粋な効果」を抽出することを目指しました。

データの準備段階で苦労したのは、各データソースの粒度を揃えることでした。

POSデータは日別、チラシは週2回、LINEは不定期と、それぞれ異なるタイミングで記録されていたため、週次データに統一する作業が必要でした。

MMMを活用したデータ分析で見えた3つの発見

 チラシの効果は「減衰」していた

分析の結果、最も衝撃的だったのはチラシに関する発見でした。

チラシの売上への寄与度を過去2年間で比較したところ、効果が年々低下していることが明らかになったのです。

具体的には、チラシの売上増加額が、2年前と比べて約35%減少していました。

原因として考えられるのは、新聞購読率の低下、競合チラシの増加による埋没、そしてデジタルシフトによる消費者行動の変化です。

この結果を見た販促部のBさんは、次のように語っていました。

「正直、ショックでした。でも同時に、長年の疑問が晴れた気持ちもありました。感覚的には『効かなくなっている』と思っていたことが、数字で裏付けられたんです」

チラシの費用対効果(ROAS)を計算すると、投資1円あたりの売上リターンは0.8円という結果でした。

つまり、チラシに投じた費用を回収できていない状態だったのです。

 LINE公式アカウントが最もROIが高い

一方、LINE公式アカウントの効果は予想以上に高いことが分かりました。

クーポン配信時の来店転換率は約12%と、チラシの約3倍の水準でした。

ROASは投資1円あたり2.4円のリターンと、チラシの3倍の効率を示しました。

さらに興味深かったのは、顧客セグメント別の分析結果です。

30〜40代の子育て世帯では、LINE経由の来店率が特に高く、クーポン利用後のついで買い金額も平均より15%高いことが判明しました。

LINEの強みは、配信から来店までの導線が追えることです。

チラシは配布しても、実際に見られたかどうかが分かりません。

でもLINEなら開封率、クリック率、そしてクーポン利用まで一貫して追跡できます。

 店頭POPは特定カテゴリで効果を発揮

店頭POPについては、全体的な効果は限定的でしたが、特定のカテゴリで顕著な効果が見られました。

特に惣菜と生鮮食品では、POP設置時の売上が平均8〜12%上昇していたのです。

これは、惣菜や生鮮食品が「店内での購入決定」が多いカテゴリだからと考えられます。

チラシやLINEは来店を促す効果がありますが、何を買うかは店内で決める消費者が多いのです。

POPはこの「店内での最後のひと押し」として機能していました。

一方、加工食品や日用品など、事前に購入を決めている商品カテゴリでは、POPの効果は限定的でした。

この発見は、POPの設置戦略を見直すきっかけとなりました。

予算再配分と成果

 チラシ費用30%削減の決断

分析結果を受け、A社は販促予算の再配分を決断しました。

しかし、長年続けてきたチラシを減らすことには、社内で大きな抵抗がありました。

「データは分かった。でも本当に大丈夫なのか」という声が根強くありました。

特に、チラシに愛着を持つベテラン社員や、取引先である印刷会社との関係を懸念する声もありました。

そこでA社が採用したのは、段階的なアプローチでした。

まず5店舗でチラシの発行頻度を週2回(木・金)から週1回(木 or 金)に減らす実験を3ヶ月間実施したのです。

結果は、売上への影響はほぼゼロ。

むしろ、浮いた予算でLINEクーポンを強化した店舗では、売上が微増しました。

この実験結果が、全社展開の後押しとなりました。

最終的に、チラシ費用を30%削減し、その分をLINE配信の強化に振り向けることが決定されました。

 LINE配信強化で売上+12%

予算再配分の結果、以下のような成果が得られました。

チラシについては、発行頻度を週2回から週1回に削減し、掲載内容も「目玉商品」に絞り込みました。

これにより年間約9,000万円のコスト削減を実現しつつ、売上への悪影響は見られませんでした。

LINE施策では、削減したチラシ予算を原資として、配信頻度を週2回から週3回に増加させました。

また、セグメント別の配信を導入し、子育て世帯には時短食材、シニア層には健康食品といった、ターゲットに合わせたクーポンを配信するようにしました。

その結果、LINE経由の来店数は1.5倍に増加し、関連カテゴリの売上は12%向上しました。

店頭POPについては、効果の高い惣菜・生鮮コーナーに設置を集中させ、それ以外のカテゴリでは削減しました。

結果として、POP制作費用は20%削減しながら、惣菜カテゴリの売上は8%向上しました。

MMM導入を成功させるポイント

 「すでにあるデータ」から始める

A社の事例から得られる最大の教訓は、MMMは必ずしも大規模なシステム投資を必要としないということです。

A社が分析に用いたデータは、POSデータ、チラシの配布記録、LINEの配信ログなど、いずれも日常業務の中で蓄積されていたものでした。

特別なシステムを導入したわけではありません。

大切なのは、今あるデータを分析できる形に整理すること。それをMMMでモデリングすること。その結果を、色々な角度で分析すること。

それだけで、十分に価値のある示唆が得られるのです。

もちろん、データの整備には一定の労力がかかります。

しかし、新たなツールやシステムへの投資と比べれば、はるかに低いハードルで始められます。

 現場の納得感を得る工夫

データ分析の結果を現場に浸透させるには、数字だけでなく「なぜそうなるのか」というストーリーが必要です。

A社では、分析結果を報告する際、単に「チラシのROASが低い」と伝えるのではなく、誰もが「確かにそうかも」というストーリーで説明しました。

具体的には、「新聞購読率の低下」「競合チラシの増加」「スマホ普及による行動変化」など、現場が実感できる背景とセットで説明しました。

また、段階的な実験を通じて「本当に大丈夫」という安心感を醸成したことも重要でした。

いきなり全社展開するのではなく、小規模な実験で効果を確認するプロセスが、変化への抵抗を和らげたのです。

 継続的なモニタリングの重要性

MMMは一度実施して終わりではありません。

市場環境や消費者行動は常に変化しており、昨年効果的だった施策が今年も同様に効くとは限らないからです。

A社では、四半期ごとにMMMのモデルを更新し、各施策の効果をモニタリングする体制を構築しました。

MMMを『定期健康診断』のように位置づけています。

販促部の担当者のBさんは、次のような感想を語っていました。

「数字を継続的に見ることで、変化の兆しを早期に察知できるようになりました」

今回のまとめ

A社の事例は、「長年続けてきたから」「やめるのが怖いから」という理由で続いてきた販促施策を、データに基づいて見直すことの価値を示しています。

MMMによって各施策の効果を可視化したことで、チラシという「聖域」にもメスを入れることができました。

結果として、販促費の3割を削減しながら売上を維持・向上させるという、一見矛盾する成果を実現しています。

重要なのは、MMMが「チラシは無駄だ」という単純な結論を導いたわけではないことです。

  • チラシの効果が減衰しているというファクト
  • LINEの費用対効果が高いというファクト
  • POPが特定カテゴリで有効だというファクト

これらを組み合わせることで、「どこに予算を集中させるべきか」という戦略的な意思決定が可能になったのです。

MMMは大企業だけのものではありません。

日々の業務で蓄積されているデータを活用すれば、中小規模の企業でも十分に取り組める手法です。

「なんとなく続けている販促」に疑問を感じているなら、まずは手元のデータを見直すところから始めてみてはいかがでしょうか。