第445話|「予測」と「最適化」が出会ったら、ビジネスが10倍楽しくなった話

第445話|「予測」と「最適化」が出会ったら、ビジネスが10倍楽しくなった話

「明日の売上がわかったら、どんなにいいだろう…」

そんなことを考えたことはありませんか?

実は、データサイエンスの世界には「時系列予測」という、まさに”明日を読む”技術があるんです。

でも、ちょっと待ってください。

明日の売上が「1000個」と予測できたとして、じゃあ材料はどれくらい仕入れる?

スタッフは何人必要?

そこで登場するのが「数理最適化」という、もう一つの魔法です。

今日は、この2つの技術が出会ったときに起こる「ビジネスの劇的な変化」について、私が中小企業診断士として支援したあるパン屋さんの実話をもとにお話しします。

難しい数式は一切出てきません。

読み終わる頃には、きっとあなたも「うちの仕事でも使えるかも!」とワクワクしているはずです(を目指して書いているつもりです)。

身近な「困った」から始まる物語

 パン屋の店長・田中さんの悩み

東京の下町で小さなパン屋を営む田中さん(42歳)は、疲れ切った表情をしていました。

田中さん
もう限界かもしれません…

詳しく話を聞くと、田中さんは朝4時に起きて仕込みを始め、焼きたてのパンの香りで街を包む……

そんな毎日を15年続けてきたとのこと。

腕は確かで、味も評判。でも、経営は苦しい。

何が一番の悩みですか?

私が尋ねると、田中さんは一言。

田中さん
毎日、何個作ればいいのかわからないんです。

 「作りすぎて廃棄」vs「売り切れで機会損失」のジレンマ

田中さんの悩みを具体的に聞いていくと、典型的な在庫管理の問題が見えてきました。

田中さん
この前の雨の月曜日なんですが…

田中さんは天気予報を見て、客足が少ないと判断し、いつもより少なめに焼いたそうです。

ところが昼過ぎには雨が上がり、夕方には快晴に。

田中さん
帰宅ラッシュの時間帯には……
『すみません、もう売り切れなんです…』
……と、お客様に謝る場面が何度も。
田中さん
翌日は反省して多めに焼いたんです。そうしたら…

夜9時の閉店時間。売れ残ったパンを前に、ため息をつく田中さん。

田中さん
30個も廃棄です。原価にして3,000円の損失。これが毎日続くと…

私は田中さんの帳簿を見せてもらいました。

月間の廃棄ロスは約10万円。機会損失も含めると、かなりの額になっていました。

 データサイエンスとの運命の出会い

田中さん、実は最近、中小企業でもデータを活用した経営改善が進んでいるんですよ。

私は、他の支援先で成功した事例を思い出しながら切り出しました。

田中さん
データ? うちは小さな個人商店ですよ?

田中さんは半信半疑の表情です。

無理もありません。多くの中小企業経営者が同じ反応をします。

大丈夫です。大企業のような高価なシステムは必要ありません。
田中さんが持っているレジのデータと、少しの工夫で、劇的な改善ができるんです。

私は、「時系列予測」と「数理最適化」の基本的な考え方を、田中さんにもわかるように説明することにしました。

時系列予測って、要するに「明日を読む技術」

 天気予報だって時系列予測

田中さん、天気予報って見ますよね?

私の質問に、田中さんは当然という顔で答えます。

田中さん
もちろん。パンの売上は天気に左右されるから、毎日チェックしてますよ。

私は持参したノートパソコンで、簡単な説明を始めました。

実は、天気予報も『時系列予測』の一種なんです。
過去の気象データのパターンから、明日の天気を予測している。
田中さんのパンの売上も、同じように予測できるんですよ。

 過去のパターンから未来を描く

田中さん、過去1年分のレジなどの売上記録はありますか?

幸い、田中さんは几帳面な性格で、毎日の売上を品目別にノートに記録していました。

私はそのデータをExcelに入力し、簡単なグラフを作成しました。

見てください。

画面に現れたグラフを見て、田中さんは目を見開きました。

  • 月曜日は平均して他の曜日より20%売上が少ない
  • 雨の日は晴れの日の70%程度
  • 給料日(25日)後の週末は通常の1.5倍
  • 年末年始、お盆、ゴールデンウィークは特殊な動き
田中さん
えっ、こんなにはっきりと傾向があったんだ!

経営者の勘は大切ですが、データで裏付けることで、より確実な意思決定ができるようになります。

 パン屋さんの売上予測にチャレンジ!

私は中小企業でも使いやすい、シンプルな予測モデルを提案しました。

複雑な統計手法は必要ありません。基本的な掛け算で十分です。
  • 基本の売上(平日平均):300個
  • 曜日の影響:月曜は×0.8、土日は×1.3
  • 天気の影響:雨なら×0.7、晴れなら×1.1
  • イベントの影響:給料日後は×1.2
例えば、明日が雨の月曜日で給料日後だとすると…

300 × 0.8(月曜) × 0.7(雨) × 1.2(給料日後) = 約200個

田中さんは電卓を取り出して、自分でも計算してみました。

田中さん
なるほど! 今まで『なんとなく少なめ』としか考えていなかったことが、数字で出せるんですね。

 でも予測だけじゃ、まだ半分…

しかし、私は経営支援の経験から、予測だけでは不十分なことを知っていました。

田中さん、200個売れると予測できても、じゃあ実際に何個作るのがベストでしょうか?
田中さん
えっ? 200個作ればいいんじゃないの?
実は、そう単純ではないんです。予測には必ず『誤差』があります。
もし210個売れたら? 190個しか売れなかったら?
このリスクをどう管理するか… ここで『数理最適化』の考え方が必要になるんです。

数理最適化は「ベストな選択」を教えてくれる

 予測ができても「で、どうする?」問題

私は、多くの経営者や実務担当者が同じ壁にぶつかるのを見てきました。

田中さん、仮に予測が200個でも、ピッタリ当たることは稀ですよね。
田中さん
確かに… 毎日違いますもんね。

私はホワイトボードに簡単な表を書きました。

190個作成時

想定販売数 結果 損益
200個 10個の機会損失 −1,500円
190個 ぴったり! 0円
180個 10個の廃棄ロス −1,000円

210個作成時

想定販売数 結果 損益
210個 ぴったり! 0円
200個 10個の廃棄ロス −1,000円
190個 20個の廃棄ロス −2,000円

 限られた資源(材料・時間・人)をどう使う?

さらに、田中さんの店には様々な経営資源の制約がありますよね?

私は経営診断の基本に立ち返り、田中さんと一緒に制約条件を整理しました。

  • オーブンは一度に50個しか焼けない
  • 仕込み時間は朝4時から8時までの4時間
  • 冷蔵庫の容量は材料3日分が限界
  • アルバイトさんは2人まで(人件費の制約)
  • 運転資金は月50万円
これらの制約の中で、最大の利益を出すにはどうすればいいか。それを科学的に導き出すのが数理最適化なんです。

 数学が教えてくれる「一番いい答え」

私は、中小企業向けに簡略化した最適化の考え方を説明しました。

例えば、商品ミックスの問題を考えてみましょう。
商品 売価 原価 利益 製造時間
メロンパン 300円 100円 200円 10分
クロワッサン 250円 100円 150円 5分
食パン(1斤) 200円 50円 150円 3分
田中さん
限られた4時間で、どの商品をどれだけ作れば利益が最大になるでしょうか?
これは典型的な線形計画問題です。Excelのソルバー機能を使えば、中小企業でも簡単に解けます。

 パン屋さんの「最適な仕入れ量」を計算してみた

実際に田中さんの店のデータで計算してみました。

  • 廃棄1個あたりの損失:原価100円
  • 機会損失1個あたり:利益150円
  • 予測誤差の標準偏差:約20個

これらの条件で最適化計算をすると…

予測が200個の場合、最適な製造量は205個です。
田中さん
えっ、予測より多く作るんですか?
そうです。田中さんの場合、廃棄による損失(100円)より機会損失(150円)の方が大きいので、少し多めに作る方が長期的には利益が大きくなるんです。

1+1が3になる!予測×最適化の相乗効果

 予測の「不確実性」を最適化でカバー

田中さんには、まず1ヶ月間、私が作った簡単なExcelツールを使ってもらうことにしました。

最初の1週間は半信半疑でしたが、2週目に入ると田中さんから興奮した声で電話がかかってきました。

田中さん
廃棄が半分以下になりました!
しかも売り切れで謝ることも減って…
項目 開始時 1ヶ月後の結果
廃棄率 15% 7%
機会損失 週50個 週15個
月間利益 30万円 42万円

予測で「だいたいの数」を把握し、最適化で「リスクを考慮した最善の数」を決める。

この組み合わせが、中小企業でも十分な効果を発揮することが証明されました。

 リスクを考慮した賢い意思決定

次のステップとして、私は天気予報の信頼度も考慮するようアドバイスしました。

降水確率30%と90%では、予測の確実性が違いますよね。

不確実性が高い日の戦略

  • 日持ちする商品(クッキー、ラスク)の比率を上げる
  • 冷凍できる生地を活用する
  • 追加製造できる体制を整える

 実例:大手小売りチェーンの在庫管理

実は田中さん、大手でも基本的な考え方は同じなんですよ。

私が関わった大手小売りチェーンの事例を紹介しました。

ある小売りチェーンのシステム(というかPythonで作った簡易アプリ)

  • 時系列予測で商品ごとの需要を予測
  • 数理最適化で、限られた棚スペースの配分を決定
  • 気温、イベント、曜日などの要因を考慮
  • 1日3回の配送タイミングも最適化
ただし、中小企業の強みは、地域密着だからこそ分かる『お客様の顔』です。データと人間の感覚を組み合わせることで、大手にはできない経営ができるんです。

 パン屋・田中さんの大変身

支援開始から3ヶ月後、田中さんの店は明らかに変わっていました。

項目 開始時 3ヶ月後
廃棄率 15% 5%
機会損失 週に50個程度 週に10個程度
月の利益 30万円 45万円
田中さんの表情 疲労困憊 自信に満ちた笑顔
田中さん
何より嬉しいのは、お客様に『売り切れです』と言う回数が激減したことです。そして、食品ロスも減って、SDGsにも貢献できている気がします。

明日から使える!予測×最適化の第一歩

 Excelでもできる簡単な予測

高価なシステムは必要ありません。まずはExcelから始めましょう!

Excelでできること

  • 過去のデータを表にする
  • グラフを作って傾向を見る
  • FORECAST関数を使って予測
  • 移動平均でより滑らかな予測に
  • ソルバー機能で簡単な最適化

田中さんも最初はExcelから始めました。

完璧じゃなくても、「勘」より「データに基づく予測」の方がずっと精度が高いのです。

 制約条件を見つけるコツ

最適化を考える第一歩は、「制約」を見つけることです。

  • 時間の制約(営業時間、作業時間、納期)
  • 場所の制約(売り場面積、倉庫容量、立地)
  • 人の制約(従業員数、スキル、労働時間)
  • お金の制約(運転資金、設備投資枠)
  • その他の制約(法規制、取引条件)

これらを書き出すだけでも、改善の糸口が見えてきます。

 無料で使えるツール紹介

中小企業でも導入しやすい、無料または安価なツールを紹介します。

予測ツール

  • Excel/Google スプレッドシート
  • 統計解析フリーソフト「R」のノーコードツールRadiant

最適化ツール

  • Excelソルバー(標準搭載)
  • OpenSolver(Excel/Google スプレッドシートのアドイン)

 あなたの「困った」も解決できるかも?

「うちでも使えそう」と思った経営者・実務担当者の方へ。その直感は正しいです。

私が支援してきた中小企業の例です。

  • 飲食店:来客予測と仕込み量の最適化
  • 美容院:予約枠の最適化とスタッフシフト
  • 学習塾:生徒数予測と講師配置の最適化
  • 製造業:需要予測と生産計画の最適化
  • 小売店:商品構成と在庫量の最適化

どんな業種でも、必ず「予測すべきこと」と「最適化すべきこと」があります。

今回のまとめ

時系列予測と数理最適化は、大企業だけのものではありません。

東京下町のパン屋・田中さんの事例が示すように、Excelから始められる身近な経営改善手法です。

「データ活用」「AI」「DX」…難しそうな言葉に惑わされないでください。

本質はシンプルです。

  • 過去から学んで(データ)
  • 未来を予測して(時系列予測)
  • 最善の行動を選ぶ(数理最適化)

これだけです。

田中さんも最初は「うちには無理」と言っていました。

まずは、売上をExcelに入力することから始めてみませんか?

きっと3ヶ月後には、「もっと早く始めればよかった」と思っているはずです。

そして何より、仕事が今より10倍楽しくなることをお約束します。

なぜなら、「勘と経験」に「データと分析」が加わることで、自信を持って経営判断ができるようになるからです。