第446話|欠品も過剰もゼロへ! 需要を読み解き発注ルールを磨く

第446話|欠品も過剰もゼロへ! 需要を読み解き発注ルールを磨く

「あの商品、今日に限って品切れか…」
「倉庫には在庫が山積みで、キャッシュフローが苦しい…」。

多くの企業が抱える、この悩ましいジレンマ。

それが在庫管理の問題です。

お客様をがっかりさせたくない一心で在庫を厚めに持つと、保管コストや廃棄ロスのリスクに頭を悩ませ、逆に在庫を絞れば、ビジネスチャンスを逃す「欠品」が牙を剥きます。

今回は、そんな「両刃の剣」である在庫管理を「最適化」へと導くためのお話しをします。

勘と経験だけに頼るのではなく、データに基づいたアプローチで、欠品と過剰在庫という二つの課題を乗り越えるための方法を解説します。

在庫最適化は両刃の剣

 欠品ロス vs. 過剰在庫コスト

在庫を絞りすぎれば「欠品」が発生します。

せっかく買いに来てくださったお客様をがっかりさせ、販売機会を失う「機会損失」につながります。

一度「あのお店はいつ行っても品切れだ」という印象を持たれてしまうと、お客様の足は遠のいてしまうでしょう。

一方で、そのために在庫を多く抱えすぎると、今度は「過剰在庫」という問題が生まれます。

過剰在庫は、保管スペースを圧迫し、管理コストを増大させます。

商品が古くなれば価値が下がり、最悪の場合は廃棄せざるを得ません。

これは、企業のキャッシュフローを悪化させる深刻なコスト要因です。

 「サービスレベル」を守るとはどういうことか

欠品と過剰在庫は、常にトレードオフの関係にあります。

このジレンマのなかで、企業は顧客満足度やブランドの信頼に直結する「サービスレベル」(お客様が求める商品をいつでも提供できる状態)を高い水準で維持しなくてはなりません。

いかにして、この絶妙なバランスを見つけ出すか。

それが「在庫最適化」の核心であり目指すべきゴールなのです。

そもそも需要は読めるのか?

「未来のことなんて、誰にも分からない」

そう思われるかもしれません。

しかし、過去のデータという「足跡」を丁寧にたどることで、未来の需要をある程度予測することは可能です。

 過去データから未来を推し量る「需要予測」

需要予測とは、過去の販売実績や市場のデータなどを分析し、将来の需要を科学的に見積もることです。

もちろん100%正確に当てることはできませんが、勘や経験だけに頼るよりもはるかに精度の高い計画立案を可能にします。

 需要を形づくる3つの要因

需要の変動を読み解くためには、主に3つ要因があります。

要因 説明
トレンド 世の中の流行や景気の動向など、長期間にわたって続く右肩上がりや右肩下がりの傾向です。
季節性 夏にアイスクリームが売れたり、年末にギフト商品の需要が高まったりと、毎年繰り返される周期的な変動です。
プロモーション要因 テレビCMや特売セール、インフルエンサーによる紹介など、特定のイベントによって発生する突発的な需要の増減です。

 Excelでも感じられる「パターン」の存在

難しく考える必要はありません。

まずは、お手元のExcelで過去の出荷データを眺めてみてください。

曜日ごと、月ごと、イベントごとに並べ替えてみるだけでも、「毎週金曜日はよく売れるな」「去年のキャンペーンの時は一気に伸びたな」といった「パターン」がぼんやりと見えてくるはずです。

その感覚こそが、需要予測の第一歩なのです。

(s,Q)政策:シンプルなのに効く発注ルール

需要のパターンが少し見えてきたら、次はいよいよ「発注」のルールを設計します。

ここでは、古くから知られ、今なお多くの現場で活用されている非常にシンプルで強力な発注モデルを紹介します。

 「発注点(s)」と「発注量(Q)」とは?

「(s,Q)政策」は、二つのシンプルなルールで構成されます。

ルール 説明
発注点 (s) 在庫が「この数量(s)まで減ったら」発注する
発注量 (Q) 一度に「この数量(Q)を」発注する。

イメージは、家庭の冷蔵庫にある卵の管理です。

「卵が残り2個(s)になったら、10個入りのパック(Q)を1つ買ってくる」というルールを決めれば、いちいち在庫を数えなくても、決まったルールで補充できます。

 現実の制約:安全在庫とリードタイム

もちろん、現実のビジネスでは単純なルールだけでは不十分です。

急な需要増に備えるための「安全在庫」や、注文してから商品が届くまでの時間である「リードタイム」といった、現実世界の制約を考慮に入れる必要があります。

これらの要素が、発注点(s)を決定する上で重要なカギとなります。

 コストとリスクの天秤

発注量を多くして頻度を減らす(常に多め)のか、それとも発注量を少なくして頻度を上げる(こまめに少なめ)のか。

それは、一回ごとの発注にかかるコストや、在庫を抱えることによる保管コスト、そして欠品が起きた場合の機会損失リスクを天秤にかけ、自社にとって最もバランスの良いポイントを見つける作業なのです。

シミュレーションという仮想サプライチェーン

「新しい発注ルールを試してみたいけど、いきなり現場で実行するのは怖い…」

その不安を解消してくれるのが、「シミュレーション」という技術です。

 なぜ実地テストより仮想実験なのか

シミュレーションとは、コンピュータの中に、現実そっくりの「仮想のサプライチェーン」を作り出し、そこで様々な実験を行うことです。

要は、リスクなく何度でも試行錯誤できます。

失敗しても、失うのは仮想の在庫だけで、現実のコストは一切かかりません。

 現実そっくりの「揺らぎ」を再現する

優れたシミュレーションでは、様々な「もしも」を試すことができます。

  • もし、需要が予測の2倍になったらどうなるか?
  • もし、海外からの輸送が1週間遅れたらどうなるか?

こうした「現実そっくり」の揺らぎを仮想空間で再現し、新しい発注ルールがそれに耐えられるかをテストできるのです。

強化学習が描く「学習する発注担当者」

 ゲームのように最適戦略を探すAI

シミュレーションで最適なルールを探す先に、さらに未来の技術が待っています。

それがAIの一分野である「強化学習」です。

強化学習を平易に紹介するなら、「試行錯誤を通じて、自ら賢くなっていく学習する発注担当者」を育てるようなものです。

まるでビデオゲームをプレイするように、AIは仮想空間の中で発注業務を何度も繰り返します。

 「報酬」を与えて学習させる

AIは、人間が設定した「報酬」を最大化するように学習します。

体験の種類 内容
成功体験(報酬) 欠品を出すことなく、かつ少ない在庫で販売機会を最大化できたら、AIにプラスの「報酬」を与えます。
失敗体験(ペナルティ) 欠品や過剰在庫を出してしまったら、マイナスの評価をします。

この試行錯誤を通じて、人間では到底考えつかないような、複雑な状況に応じた最適な発注ルールを、AI自身が見つけ出してくれるのです。

この技術はまだ実験段階の部分も多いです。

しかし、その学習能力と最適化能力の高さから、いずれは多くの企業にとって「未来の標準装備」となり、在庫最適化を劇的に進化させる可能性を秘めています。

ケーススタディ:在庫回転率が1.8倍になった食品メーカー

ここでは、ある中堅食品メーカーA社が、実際に在庫最適化に取り組んだ事例を紹介します。

 導入前の課題

A社は長年、ベテラン担当者の勘に頼った発注が中心で、欠品率は8%に達し、一方で廃棄ロスなどを含む在庫コストは月間500万円にも上っていました。

 プチ変革ストーリー

変革のステップ 内容
需要パターンの再分類 過去の出荷データを分析し、商品を「定番品」「季節品」「特売品」などに分類し直し、需要パターンを再定義しました。
シミュレーション 仮想空間で新しい発注ルールの実験を繰り返し、特にリードタイムの遅延などを想定した様々なシナリオでテストを行いました。
(s,Q)政策の再設計 シミュレーション結果に基づき、商品カテゴリーごとに最適な「発注点(s)」と「発注量(Q)」を再設計し、現場に導入しました。

 3か月後の成果と組織の変化

結果は劇的でした。

導入からわずか3か月で……

  • 欠品率は2%まで低下
  • 在庫コストは月間300万円台に圧縮
  • 在庫回転率は1.8倍に改善

しかし、最大の成果は数字だけではありませんでした。

「なぜこの量を発注するのか」がデータで明確になったことで、部門間の会話がスムーズになり、「数字と現場の会話がつながる」という組織文化の変化が生まれたことでした。

明日からできる3ステップ

在庫最適化は、壮大なプロジェクトに聞こえるかもしれませんが、その一歩は非常にシンプルです。

明日からでも始められる3つのステップをご紹介します。

ステップ アクション 目的・効果
1 過去12か月の出荷データを曜日別に並べてみる 最も身近なデータに触れ、これまで気づかなかった需要の波やクセを発見します。
2 現行の発注ルールを書き出し、根拠を言語化する 「なぜ、そのタイミング・量で発注するのか?」を考えるプロセス自体が、最適化への重要な一歩となります。
3 仮想実験のプラットフォーム(シミュレーション)を選び、「もし〜なら」を試す文化を作る 失敗を恐れずに仮説検証を繰り返す文化を醸成し、強いサプライチェーンを育みます。

まとめ

在庫最適化は、もはや一部の専門家だけのものではありません。

過去のデータを読み解き、シンプルなルールを設計し、仮想空間で試すというサイクルは、あらゆる企業が実践可能なアプローチです。

勘や経験という職人技を尊重しつつ、そこにデータとシミュレーションという科学の目を加えることで、欠品と過剰在庫のジレンマから抜け出し、より強くしなやかな経営体質を築くことができるでしょう。