第510話|平均値で埋めたら、優良顧客が「ふつうの人」になった
欠損は「何個」より「誰が」欠けているか

第510話|平均値で埋めたら、優良顧客が「ふつうの人」になった欠損は「何個」より「誰が」欠けているか

欠損値の扱いで、いちばんよく使われる方法があります。

平均値で埋める」です。

空欄が消え、集計ツールが止まらなくなる。手軽で、誰も反対しません。

ところが、この手軽さの裏で、データの大事な部分が静かに消えていることがあります。

今回は、ある小売業で起きた「平均値で埋めたら、優良顧客が見えなくなった」という出来事を通して、その理屈を説明します。

出発点――施策の評価が、集計のたびにぶれる

集計のたびに違う結果が出るグラフを前に困惑する小売業の分析担当者

 アンケートの4割が未回答だった

会員アンケートの回答率60%を示す円グラフと、未回答の空欄が並ぶ表
全国に店舗を展開する小売業A社では、会員データと紙のアンケートを使って、顧客のセグメント分析と施策の評価を行っていました。

アンケートには「年間の買い物予算」「来店頻度」「満足度」などの項目があります。

各項目の回答率は6割。残りの4割は空欄でした。

担当者は、空欄を各項目の平均値で埋めて分析を進めました。

分析対象から4割を落とすのは惜しい。平均で埋めれば全員を使える。自然な判断です。

 どのセグメントも「似たり寄ったり」

4つの顧客セグメントの年間予算が、ほぼ同じ高さで並ぶ棒グラフ
ところが、結果を見た担当者は違和感を持ちました。

顧客を4つのセグメントに分けたのに、どのセグメントも年間予算がほぼ同じなのです。

上位顧客向けの施策を打っても、効果が出たり出なかったりする。

集計するたびに、結論が変わる。

うちの顧客は、みんな平均的なのか

そんなはずはありませんでした。店頭には、明らかに買い方の違うお客様がいます。

 答えていなかったのは、いちばん買う人たちだった

未回答者の購買履歴を確認し、高額購入層が多いことに気づく担当者
原因は、「年間予算」の未回答者の顔ぶれにありました。

会員データと突き合わせると、アンケートに答えていない4割には、年間購入額の上位層が多く含まれていたのです。

その人たちの「年間予算」を、平均値で埋めていた。

つまり、いちばん買う人たちを「ふつうの人」として扱っていたわけです。

上位セグメントの予算が平均に引き下げられ、セグメント間の差が消えていました。

理屈――平均値で埋めるとは、「決めつける」こと

空欄に「あなたは平均的な人」というラベルを貼っていく様子の図解

 欠損には「誰が欠けているか」の偏りがある

「たまたま」「他の情報で説明できる」「欠けたこと自体に理由がある」の3枚のカード
平均値で埋めるという行為を、言葉にするとこうなります。

「答えなかった人は、答えた人の平均と同じだろう」と決めつける。

この決めつけが正しいのは、欠損がたまたま起きている場合だけです。コピー用紙の束から無作為に何枚か抜けた、というような欠け方です。

しかし現実の欠損は、たいてい偏っています。忙しい人ほど答えない。所得の高い人ほど年収を書かない。

分析の世界では、欠損の起き方を3つに分けます。

たまたま欠けた。他の情報で説明できる形で欠けた。欠けたこと自体に理由がある(それぞれMCARMARMNARという名前が付いていますが、名前は覚えなくて構いません)。

大事なのは、後ろの2つでは「平均で埋める」がそのまま偏りになるということです。

 分布の山が、1点に立つ

元データのなだらかな分布と、平均値の位置に鋭い山が立った補完後の分布を並べた図
もう1つ、平均値で埋めることには副作用があります。

顧客の年間予算の人数分布を作ったとします。

ここで4割の空欄を全部同じ平均値で埋めると、その平均値の位置に、鋭い山が1本立ちます。

広がりが縮み、ばらつきが実際より小さく見える。

差がない」という結論が出やすくなる。

セグメント間の差が消えたのは、この副作用のせいでもありました。

対処――欠損の「数」より先に「顔ぶれ」を見る

回答者と未回答者の購買履歴を並べた比較表を確認する担当者

 回答者と未回答者を、手元の情報で比べる

「回答あり」「回答なし」の2列で購入額・来店頻度・会員歴を比べる表
やることは単純です。

アンケートに答えた人と答えていない人を、手元にある別の情報で比べる。

A社なら、会員データと紐づいている購買履歴です。年間購入額、来店頻度、会員歴。

アンケートに答えた人と答えていない人が似ていれば、欠損はたまたまに近い。平均で埋めても大きな害はありません。

似ていなければ、欠損には偏りがあります。平均で埋めてはいけないサインです。

 偏りがあるなら、手元の情報から推定して埋める

購買履歴から未回答者の予算を推定し、セグメント間の差が浮かび上がるグラフ
A社では、未回答者の「年間予算」を、平均値ではなく購買履歴から推定して埋め直しました。

年間購入額が多く来店頻度も高い人には、それに見合った予算を。あわせて、「アンケート未回答」という印を1列残しました。

埋め直した結果、上位セグメントの予算がはっきりと浮かび上がり、施策の評価は集計のたびにぶれなくなりました。

消えていたのは顧客ではなく、平均値で塗りつぶされた差だったのです。

今回のまとめ

「欠損は何個?」ではなく「誰が欠けている?」と問いかける意思決定者
平均値で埋めるとは、「答えなかった人は平均的な人だ」と決めつけることです。

欠損がたまたま起きているなら害は小さく、偏っているなら、その偏りごと消えてしまいます。

確認の順番は、こうです。

  • 欠損が何個あるかより先に、誰が欠けているかを見る。
  • 答えた人と答えていない人を、手元の別の情報で比べる。似ていなければ、平均で埋めない。

報告を受ける側が確認すべきことも同じです。

  • 欠損はどう扱いましたか
  • 答えた人と答えていない人は、似ていましたか

この2つに答えられる報告なら、埋め方の細かい手法まで知らなくても、結論の土台を信頼できます。

よくある質問

Q. 欠損値を平均値で埋めるのは、なぜ問題なのですか?

答えなかった人は、答えた人の平均と同じ」と決めつけることになるからです。

欠損が偏って起きている場合(忙しい人ほど答えない、など)、その偏りが結果から消え、本来あるはずの差が見えなくなります。

また、同じ値で大量に埋めると分布に鋭い山が立ち、ばらつきが実際より小さく見えます。

Q. 平均値で埋めてもよいのは、どんな場合ですか?

欠損が「たまたま」起きていて、欠損の数も少ない場合です。

答えた人と答えていない人を、手元の別の情報(購買履歴など)で比べて似ていれば、たまたまに近いと判断できます。

それでも、平均で埋めたことと、その判断の根拠は報告に明記しておくべきです。

Q. MCAR、MAR、MNARとは何ですか?

欠損の起き方を3つに分けた呼び名です。

MCARは「たまたま欠けた」、MARは「他の情報で説明できる形で欠けた」(例:会員歴の短い人ほど未回答)、MNARは「欠けたこと自体に理由がある」(例:高所得の人ほど年収を書かない)を指します。MCAR以外では、平均値で埋めると偏りがそのまま残ります。

名前より、「誰が欠けているかに偏りがあるか」を確認する習慣のほうが大切です。

Q. 欠損値の扱いについて、分析報告を受けるときに何を確認すればよいですか?

2点です。

  • 1つ目は、欠損をどう扱ったか(削除したのか、何で埋めたのか)が書かれているか。
  • 2つ目は、欠損のある人とない人を比べて、似ていたかどうかを確認したか。

この2つに答えられない報告は、結論の土台が確認されていません。