「マーケティング費用の効果を、数字で説明してください」
四半期ごとの経営会議で、この質問を投げかけられるたびに、J氏は言葉に詰まっていました。
SNS広告、インフルエンサー、PR、オウンドメディアなど複数の施策を同時に走らせているものの、どれがどれだけ売上に貢献しているのか、正直なところわからない。
「全体として順調に推移しています」という曖昧な回答しかできず、役員たちの表情は回を重ねるごとに厳しくなっていきました。
今回は、大手消費財メーカーの社内ベンチャーとして立ち上げられた男性向けスキンケアD2Cブランドが、マーケティングミックスモデリング(MMM)を導入し、各施策の効果を可視化した事例をご紹介します。
「3年以内に黒字化せよ」という厳しい条件の中、限られた予算をどう最適配分すべきか。
経営会議での説明責任をどう果たすか。
社内ベンチャーならではの切実な課題に、MMMがどのような答えを与えたのかをお伝えします。
Contents
- 社内ベンチャーが背負う「説明責任」の重さ
- D2Cブランドの船出
- 「3年で黒字化」という約束
- 経営会議という「査問会」
- D2Cマーケティングの「効果測定」が難しい理由
- 複数施策の同時並行という宿命
- インフルエンサー施策の「効果が見えそうで見えない」問題
- オウンドメディアは「効果ゼロ」に見えてしまう
- 「効果がわからない」ことの本当の怖さ
- MMMで各施策の「真の姿」が見えた
- 限られたデータでも分析は可能
- インフルエンサーは「打ち上げ花火」だった
- オウンドメディアは「長期蓄積型」の資産だった
- SNS広告×インフルエンサーに「相乗効果」があった
- PRの効果は「検索行動」に表れていた
- 経営会議を「乗り切る」から「味方につける」へ
- 「選択と集中」の実行
- オウンドメディアへの「攻め」の投資
- 「連動運用」の仕組み化
- 経営会議での「データ武装」
- 社内ベンチャーとMMMの相性の良さ
- CPA23%改善、半年前倒しで黒字化達成
- 「コスト」から「投資」へ
- 「説明責任」を「武器」に変える
- 社内ベンチャーこそMMMを活用すべき理由
- 今回のまとめ
社内ベンチャーが背負う「説明責任」の重さ

D2Cブランドの船出
I社は、主に女性向け化粧品を扱っている消費財メーカーです。
しかし近年、男性スキンケア市場の急成長を横目に見ながら、この領域への本格参入が遅れていることが経営課題となっていました。
2年前、I社は社内ベンチャー制度を活用し、男性向けスキンケアD2Cブランドを立ち上げました。事業責任者に抜擢されたのが、マーケティング部門で10年のキャリアを持つJ氏です。
親会社I社のブランド名を冠さない、完全に独立したブランドとして展開されることになりました。
I社の既存ブランドイメージに縛られず、20〜30代の美容意識の高い男性に向けて、新しい価値を提案する。ECサイトでの直販を主軸に、サブスクリプションモデルで顧客との継続的な関係を築く。
J氏は、この挑戦的なミッションに胸を躍らせていました。
「3年で黒字化」という約束
社内の新規サービス化のための幾つかのステージゲート(サービス構想・プロトタイプ開発・PoC・テストマーケ・事業計画などの実施・審査・承認)を約2年で通過し、事業として本格稼働することになりました。
しかし、事業化の最終的なステージゲートで、明確な条件が付されていました。
「3年以内に単月黒字化を達成すること」
これが、経営会議でJ氏が約束させられた期限です。達成できなければ、事業の継続可否が見直される。場合によっては撤退もありうる。事業売却や責任者の後退などもあります。少なくとも、J氏は外されます。
J氏にとって、これは事業の存続をかけた約束でした。
年間のマーケティング予算は5,000万円。スタートアップと比較すれば恵まれた金額に見えるかもしれません。
しかし、ゼロから認知を獲得し、顧客を獲得し、黒字化までこぎつけるには、決して余裕のある予算ではありませんでした。
広告費、インフルエンサー費用、PR費用、コンテンツ制作費用などあらゆる施策に予算を配分しなければならず、一つひとつの施策に使える金額は限られています。
J氏は「一円も無駄にできない」というプレッシャーを常に感じていました。しかし同時に、「どこに投資すれば最も効果があるのか」という問いに、明確な答えを持っていませんでした。
経営会議という「査問会」
J氏が最も苦労したのは、四半期ごとの経営会議でした。
役員等が一堂に会する会議室で、事業進捗を報告しなければなりません。売上の推移、顧客獲得数、解約率、LTV(顧客生涯価値)といった指標を報告するのですが、必ず聞かれる質問がありました。
「マーケティング費用の効果は?」
「どの施策が売上に貢献しているのか?」
「このまま続けて、本当に黒字化できるのか?」
J氏は正直に答えることができませんでした。
SNS広告、インフルエンサー、PR、オウンドメディアと複数の施策を走らせていますが、どれがどれだけ売上に貢献しているかを分離して把握できていなかったからです。
「全体として売上は順調に伸びています」
「各施策をバランスよく実施しています」
「インフルエンサーの投稿後は売上が跳ねる傾向があります」
そんな曖昧な回答を繰り返すたびに、役員たちの表情は険しくなっていきました。
ある役員からは「感覚ではなく、数字で説明してほしい」と釘を刺されました。
J氏は経営会議を「査問会」と呼んでいました。
まるで被告人のように、自分の判断の正当性を問われ、証拠を求められる。しかし、その証拠を示すことができない。
会議のたびに冷や汗をかきながら、何とかその場を乗り切る日々が続いていました。
D2Cマーケティングの「効果測定」が難しい理由

複数施策の同時並行という宿命
D2Cブランドのマーケティングは、複数の施策を同時並行で実施せざるを得ません。
認知を獲得するためにSNS広告を出稿し、信頼性を高めるためにインフルエンサーを起用し、メディア露出を狙ってPR活動を展開し、長期的なSEO流入を獲得するためにオウンドメディアを運営する。
これらをバランスよく組み合わせることで、ブランドを育てていくのがD2Cマーケティングの定石です。
J氏は5,000万円の予算を以下のように配分していました。
- SNS広告(Instagram、Facebook、Google)に約2,000万円
- インフルエンサー施策に約1,500万円
- PR・メディアリレーションに約500万円
- オウンドメディア運営に約500万円
- その他、キャンペーンや販促に約500万円
しかし、この「同時並行」が効果測定を極めて難しくしていました。
ある週に売上が20%伸びたとして、それはSNS広告を増やした効果なのか、インフルエンサーの投稿がバズったからなのか、たまたまウェブメディアに取り上げられたからなのか、判別することができません。
すべてが同時に動いているため、「何がどれだけ効いたか」を切り分けることが困難なのです。
インフルエンサー施策の「効果が見えそうで見えない」問題
J氏が特に頭を悩ませていたのが、インフルエンサー施策の効果測定でした。
毎月5〜10名のインフルエンサーに商品を提供し、SNSで紹介してもらっていました。
美容系YouTuber、Instagram のスキンケアアカウント、X の美容垂れ流しアカウントなど、さまざまなタイプのインフルエンサーを起用しています。
投稿後は確かにサイトへの流入が増え、売上も跳ねます。「効いている感」はあるのです。しかし、「どれだけ効いているのか」を定量的に示すことができませんでした。
インフルエンサーAの投稿で売上がいくら上がったのか。インフルエンサーBとCでは、どちらの方が費用対効果が高いのか。そもそも、インフルエンサー施策全体として、投資に見合うリターンが得られているのか。
これらの問いに、データで答えることができなかったのです。
インフルエンサー施策の年間予算は約1,500万円。全体の30%を占める大きな支出です。
経営会議で「インフルエンサーに1,500万円使っていますが、その効果は?」と聞かれても、「投稿後に売上が跳ねる傾向があります」としか答えられない。
「具体的にいくら?」と詰められると、言葉に詰まってしまう。これがJ氏の悩みでした。
オウンドメディアは「効果ゼロ」に見えてしまう
もう一つの悩みの種がオウンドメディアでした。
J氏は、男性スキンケアに関する知識コンテンツを発信するオウンドメディアを立ち上げていました。
「正しい洗顔の方法」「シェービング後の肌ケア」「男性の肌悩みランキングと対策」「成分から選ぶスキンケア入門」といった記事を週2本ペースで公開し、SEOからの検索流入を狙っています。
1年間で100本以上の記事を公開し、月間PVは着実に伸びていました。検索流入も増加傾向にあり、「男性 スキンケア 初心者」などのキーワードで上位表示される記事も出てきました。
しかし経営会議でこの施策の効果を説明しようとすると、壁にぶつかりました。
記事を公開しても、翌週に売上が跳ねるわけではありません。PVは増えているが、それが売上にどう貢献しているかを直接的に示すことができない。
「コンテンツマーケティングは長期施策なので、すぐには効果が出ません」と説明しても、「3年で黒字化」を求められている中で、役員たちは納得してくれませんでした。
ある経営会議で、役員の一人からこう言われました。
「オウンドメディアに年間500万円かけているが、売上への貢献が見えない。この予算、本当に必要なのか?」
J氏は反論したかったのですが、データで示すことができず、「鋭いご指摘ありがとうございます。宿題として持ち帰らせていただき、検討させていただきます」と答えるしかありませんでした。
「効果がわからない」ことの本当の怖さ
効果がわからないことの本当の怖さは、「正しい判断ができない」ことにあります。
どの施策が効いているかわからなければ、予算をどこに集中すべきかも判断できません。
インフルエンサーを増やすべきなのか、減らすべきなのか。オウンドメディアは続けるべきなのか、やめるべきなのか。SNS広告はInstagramとFacebookのどちらに寄せるべきなのか。
すべてが「なんとなく」の判断になってしまいます。
J氏は、このままでは黒字化の期限に間に合わないかもしれないという焦りを感じていました。
何かを変えなければならない。しかし、何を変えればいいのかわからない。そんな八方塞がりの状況の中で、J氏は主力事業で実施しているマーケティングミックスモデリング(MMM)が使えないかと考えました。
MMMで各施策の「真の姿」が見えた

限られたデータでも分析は可能
J氏がMMMの導入を決意したとき、最初に直面した課題は「データが十分にあるのか」という点でした。
大企業のテレビCM分析で使われる手法を、社内ベンチャーの規模で適用できるのか。
結論から言えば、適用は可能でした。
すでに、正式な事業として船出する前の期間も含めると、1年半分の日次売上データがあり、各施策の実施履歴(広告出稿金額、インフルエンサー投稿日、PR掲載日、記事公開日など)も記録されていました。
このデータを使って、MMMの分析を行うことができたのです。
成果指標として設定したのは、週次の売上高と新規顧客獲得数です。
説明変数として、SNS広告の週次出稿金額、インフルエンサー投稿数とフォロワー規模、メディア掲載数と掲載媒体の影響力、オウンドメディアの流入数などを設定しました。
外部環境要因として、曜日・祝日フラグ、季節性、競合ブランドの動きなども組み込みました。
インフルエンサーは「打ち上げ花火」だった
MMMの分析結果は、J氏の漠然とした仮説を明確なデータで裏付けるものでした。
最も衝撃的だったのは、インフルエンサー施策の効果特性です。
分析の結果、インフルエンサーが投稿した週は、確かに売上が顕著に増加していました。
しかしその効果は、投稿の翌週にはほぼ消失していたのです。2週目以降に統計的に有意な効果は検出されませんでした。
グラフで表現すると、急激に立ち上がって急激に落ちる「スパイク型」の曲線を描きます。
J氏はこの特性を「打ち上げ花火」と表現しました。華やかで目を引くが、一瞬で消えてしまう。瞬間的な話題性は生むが、持続的な効果にはつながりにくい。
さらに分析を深めると、インフルエンサーによって効果に大きなばらつきがあることもわかりました。
フォロワー数が多くても、エンゲージメント率が低いインフルエンサーは効果が薄い。逆に、フォロワー数は中程度でも、熱量の高いコミュニティを持つインフルエンサーは効果が高い。
「フォロワー数=効果」ではないことが、データで示されました。
年間1,500万円を投じていたインフルエンサー施策。その効果が「打ち上げ花火」だったという事実は、J氏にとって複雑な発見でした。
効いていないわけではない。しかし、持続性がない。毎月コンスタントに投資し続けなければ効果が維持できないという、コストのかかる構造だったのです。
オウンドメディアは「長期蓄積型」の資産だった
一方、オウンドメディアの分析結果は、まったく異なるパターンを示していました。
記事を公開した週に売上が跳ねることはありません。この点は、経営会議での説明に苦労していた通りです。
しかしMMMの分析は、オウンドメディアへの流入数と売上の間に、時間差を置いた正の相関があることを検出しました。
記事を読んだ人が、数週間後、あるいは数ヶ月後に購入に至っているという構造です。
さらに重要な発見は、オウンドメディアの効果が「蓄積」していくことでした。
過去に公開した記事は、公開後も継続して検索流入を集め続けています。個々の記事の効果は小さくても、記事の本数が増えるにつれて、全体としての流入と売上貢献が積み上がっていく。
インフルエンサーの「スパイク型」とは対照的な、「ストック型」の効果特性です。
J氏は「オウンドメディアは種まきだと思っていたが、実際にはもう収穫が始まっていた」と振り返ります。
経営会議では「効果ゼロ」に見えていた施策が、MMMによって「長期蓄積型の効果」を持つことが証明されたのです。
SNS広告×インフルエンサーに「相乗効果」があった
もう一つの重要な発見は、SNS広告とインフルエンサー施策の間に「交互作用」があったことです。
交互作用とは、2つの施策を同時に実施したときに、それぞれを単独で実施した場合の効果の合計とは異なる効果が生じる現象です。
インフルエンサーが投稿した週にSNS広告を強化すると、それぞれを単独で実施した場合の期待値を上回る売上が発生していました。統計的にも有意な相乗効果が検出されたのです。
このメカニズムとして考えられるのは、「複数接点による信頼性強化」です。
インフルエンサーの投稿で商品を知り、その後SNS広告で再度目にすることで、「いろんなところで見るブランドだな」という印象が生まれる。
特に新しいブランドの場合、一度の接触だけでは購入に至りにくいですが、複数の経路で接触することで信頼性が高まり、購入のハードルが下がるのです。
この発見は、施策を「バラバラに管理する」のではなく「連動させる」ことの重要性を示唆していました。
インフルエンサーの投稿タイミングに合わせてSNS広告を強化する。そうすることで、1+1が2以上になる効果を得られる。
PRの効果は「検索行動」に表れていた
PR施策についても、興味深い発見がありました。
ウェブメディアや雑誌に取り上げられた週の売上を見ると、必ずしも大きな増加は見られませんでした。
「PRは売上に直結しない」と結論づけそうになりましたが、別の指標を見ると効果が表れていました。それは「ブランド名検索数」です。
メディア露出後、Google検索でのブランド名検索が有意に増加していました。つまり、PR施策は「直接的な売上」ではなく、「ブランド認知と検索行動の喚起」に効いていたのです。
記事を読んで興味を持った人が、すぐには購入せず、後でブランド名を検索して情報を調べる。その検索がオウンドメディアや公式サイトへの流入につながり、最終的に購入に至る。PRは売上への「入口」として機能していたのです。
経営会議を「乗り切る」から「味方につける」へ

「選択と集中」の実行
MMMの結果を受けて、J氏はマーケティング戦略を根本から再設計しました。
インフルエンサー施策については、「打ち上げ花火」という特性を踏まえた運用に切り替えました。
従来は毎月コンスタントにインフルエンサーを起用していましたが、これを「戦略的なタイミングに集中」する方針に変更しました。
新商品発売時、季節の変わり目のキャンペーン時など、「ここぞ」というタイミングに絞って、効果の高いインフルエンサーを厳選して起用する。
起用するインフルエンサーの選定基準も変更しました。
これまでは「フォロワー数」を重視していましたが、MMMで効果の高かったインフルエンサーの特徴を分析し、「コミュニティの熱量」と「ブランドとの親和性」を重視する基準に切り替えました。
結果として、インフルエンサー施策の年間予算は1,500万円から800万円に削減されました。しかし、効果の高いインフルエンサーに集中し、タイミングも最適化したことで、投資対効果はむしろ向上しました。
オウンドメディアへの「攻め」の投資
インフルエンサー施策で浮いた700万円の予算は、オウンドメディアの強化に振り向けました。
MMMで「長期蓄積型の効果」が証明されたことで、J氏はオウンドメディアへの投資を「守り」ではなく「攻め」の施策として位置づけることができるようになりました。
具体的には、記事の公開頻度を週2本から週3本に増やしました。
SEOに強い外部ライターを追加で契約し、コンテンツの質と量の両方を強化しました。
また、記事の内容も「認知獲得型」(初心者向けの入門記事)と「購入検討型」(商品比較や成分解説)を意識的に使い分けるようにしました。
この投資の効果がすぐに売上に表れることはありません。しかしMMMで「効果が蓄積していく」構造がわかっているため、長期的な視点で投資を継続する判断ができました。
「連動運用」の仕組み化
SNS広告とインフルエンサー施策の相乗効果を活かすため、両者のタイミングを連動させる運用を仕組み化しました。
インフルエンサーの投稿スケジュールを事前に把握し、投稿がある週はSNS広告の出稿量を増やす。インフルエンサーの投稿素材(写真や動画)をSNS広告にも活用し、メッセージの統一感を高める。
この「連動運用」により、インフルエンサー施策の「打ち上げ花火」的な効果を、SNS広告で増幅することができるようになりました。
また、PRでメディア露出があった際にも、同様の連動を行うようにしました。
メディアに取り上げられた週は、そのメディアの読者層に合わせたSNS広告を強化する。PRで喚起された「検索行動」を、SNS広告でキャッチするイメージです。
経営会議での「データ武装」
MMMの導入は、経営会議でのJ氏の立場を根本的に変えました。
従来は「マーケティング費用の効果は?」と問われても、「全体として順調です」としか答えられませんでした。
しかし今では、施策ごとの効果を具体的な数値で説明できます。
「インフルエンサー施策のROIは○○です。短期的な効果は高いですが、持続性が低いため、戦略的なタイミングに集中する運用に切り替えました」
「オウンドメディアは即効性はありませんが、長期蓄積型の効果があり、ROIで見ると○○です。記事が増えるほど効果が積み上がるため、投資を強化しています」
「SNS広告とインフルエンサーを連動させると相乗効果があり、単独実施と比較して○○%効果が高まります」
こうした説明ができるようになったことで、経営会議の雰囲気は一変しました。
役員からの質問も、「本当に効いているのか?」という懐疑的なものから、「次はどの施策に注力するのか?」という建設的なものに変わりました。
J氏は「経営会議を『乗り切る』から『味方につける』に変わった」と表現しています。
データで武装することで、役員たちを「監視者」から「支援者」に変えることができたのです。
社内ベンチャーとMMMの相性の良さ

CPA23%改善、半年前倒しで黒字化達成
施策の再設計から1年が経過した時点で、顧客獲得単価(CPA)は23%改善しました。同じ予算で、より多くの顧客を獲得できるようになったのです。
内訳を見ると、インフルエンサー施策の効率化が大きく貢献しています。
予算を800万円に削減しながらも、効果の高いインフルエンサーへの集中と、SNS広告との連動により、獲得効率はむしろ向上しました。「打ち上げ花火」を効果的に使うことで、花火の輝きを最大化できたのです。
オウンドメディアの効果も着実に蓄積されていました。
検索流入が増加し、オウンドメディア経由で獲得した顧客は、他のチャネルと比較して継続率が高いことも判明しました。コンテンツを通じてブランドの価値観に共感した顧客は、長く使い続けてくれる傾向があるのです。
これらの改善の結果、当初計画の「3年以内の黒字化」を半年前倒しで達成することができました。
「コスト」から「投資」へ
黒字化を達成し、効果測定の仕組みも確立されたことで、J氏は経営会議で追加予算を獲得することができました。
「オウンドメディアにあと300万円追加投資すれば、来年度は○○万円の売上増が見込めます」
「インフルエンサー施策のタイミングを増やせば、新商品の立ち上げを加速できます」
こうした提案が、データの裏付けを持って行えるようになりました。
経営層も、ROIが明確に示されれば、投資判断を下しやすくなります。
J氏は「マーケティング費用が『コスト』ではなく『投資』として認識されるようになった」と語っています。
コストであれば削減対象になりますが、投資であればリターンが見込める限り継続・拡大が認められます。
この認識の転換は、社内ベンチャーの成長にとって極めて大きな意味を持ちました。
「説明責任」を「武器」に変える
J氏の事例から得られる最大の示唆は、社内ベンチャーにとっての「説明責任」は、負担であると同時に武器にもなりうるということです。
社内ベンチャーは、スタートアップ以上に厳しい説明責任を負っています。
親会社の経営層に対して、投資の効果を数字で示さなければなりません。
「うまくいっている感じがする」では通用しない。四半期ごと、あるいは毎月のように、進捗を報告し、質問に答え、判断の正当性を証明することが求められます。
この説明責任を「重荷」と捉えれば、それは苦しいだけのものになります。
しかし、MMMのような分析手法を導入し、データで語れるようになれば、説明責任は「武器」に変わります。
- 「この施策は効果があります」とデータで示せれば、予算は守られます
- 「この施策に追加投資すれば、これだけのリターンがあります」と示せれば、追加予算が獲得できます
- 「この施策は効果が低いので、別の施策に振り替えます」と示せれば、柔軟な予算配分が認められます
データで武装することで、経営層との対話の主導権を握ることができるのです。
社内ベンチャーこそMMMを活用すべき理由
J氏の経験を踏まえると、社内ベンチャーとMMMの相性は非常に良いと言えます。
第一に、社内ベンチャーは「説明責任」を負っており、MMMはその説明を可能にします。感覚ではなくデータで語ることで、経営層の理解と支援を得ることができます。
第二に、社内ベンチャーは予算が限られていることが多く、MMMは限られた予算の最適配分を可能にします。どの施策が効いているかを把握することで、無駄な投資を減らし、効果の高い施策に集中できます。
第三に、社内ベンチャーには「期限」があることが多く、MMMは期限内に成果を出すための判断を支援します。「なんとなく」の判断ではなく、データに基づいた迅速な意思決定が可能になります。
MMMは、大企業のテレビCM分析のための手法というイメージがあるかもしれません。
しかし実際には、社内ベンチャーやスタートアップのような「限られたリソースで、説明責任を果たしながら、期限内に成果を出す」必要がある組織にこそ、大きな価値をもたらす手法なのです。
今回のまとめ
今回は、企業内新規事業である社内ベンチャーでのMMMの活用事例を紹介しました。
伝統的な日本の製造業ほど、成功しても失敗しても、理由を説明しなければなりません。
売上が伸びても『なぜ伸びたのか』を聞かれるし、伸びなければ『なぜ伸びないのか』を追及される。
でもMMMを導入してからは、データで答えられるようになった。経営会議が『査問会』から『戦略会議』に変わったのです。
大企業の中で新規事業を立ち上げるということは、常に説明責任と隣り合わせです。
「うまくいっている気がする」では通用しない。データで証明し、論理で説得し、結果で信頼を勝ち取る。そのプロセスにおいて、MMMは強力な武器になります。
しかし、MMMは「経営会議を乗り切るためのツール」ではありません。
「正しい判断を下すためのツール」です。正しい判断ができれば、結果はついてくる。結果がついてくれば、経営会議は自然と乗り切れます。

