創業80年の歴史を持つ老舗和菓子店が、毎朝の仕込み量という永遠の課題に対して、意外な解決策を見出しました。
それは最新のAI技術であるChatGPTと、店に眠っていた1年分のレジデータの組み合わせでした。
月20万円にも上っていた廃棄ロスを半減させ、同時に品切れによる販売機会の損失も大幅に改善。
高額なシステム投資も専門知識も不要で実現したこの取り組みは、多くの小規模事業者にとって希望となる事例かもしれません。
従業員わずか5名の和菓子店が、どのようにしてデータとAIを味方につけたのか、その3ヶ月間の挑戦を簡単にお話しいたします。
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毎朝4時、仕込み量に悩む三代目店主

創業80年を迎える老舗和菓子店の朝は早いものです。
三代目店主のAさん(58歳)は、毎朝4時に店の厨房に立ちます。
しかし、実際に手を動かし始める前に、必ず15分ほど考え込む時間がありました。
その日、どの商品をどれだけ仕込むべきか、という判断に迷うのです。
職人の勘に頼る限界
Aさんには30年以上の和菓子職人としての経験があります。
「金曜日は会社帰りのお客様が多いから、どら焼きを多めに」「雨の日は客足が鈍るから、生菓子は控えめに」といった経験則は確かに存在していました。
しかし、その勘も完璧ではありません。
ある晴れた土曜日、予想以上の来客で午後2時には主力商品が売り切れてしまいました。
逆に、雨の月曜日には作りすぎた大福を20個以上廃棄することもありました。
月末の棚卸しで計算すると、廃棄による損失は平均して月20万円。
年間では240万円にも上る金額でした。
小規模な和菓子店にとって、これは決して無視できない数字です。
データはあるのに活用できないジレンマ
実はAさんの店では、3年前からPOSレジを導入していました。
日々の売上データは自動的に記録され、CSVファイルとして取り出すこともできます。
しかし、そのデータをどう活用すればよいのか分かりませんでした。
従業員はAさんを含めて5名。
製造に3名、販売に2名という体制では、データ分析に時間を割く余裕などありません。
Excelで簡単な売上集計はできても、曜日別、天候別、商品別といった複雑な分析となると手に負えませんでした。
結局、POSレジは「少し高機能な金銭登録機」として使われているだけで、蓄積されたデータは宝の持ち腐れ状態でした。
ChatGPTとの出会いが転機に

きっかけは娘の一言
転機は思わぬところから訪れました。
都内の社会学部メディア学科の大学3年生の娘、Bさんが春休みで帰省していた時のことです。
夕食の席でAさんが「今日も大福を15個も捨てることになった」とぼやくと、Bさんが何気なく口にしました。
「父さん、ChatGPTって知ってる?うちの研究室でも使ってるけど、データも分析できるらしいよ。レジのデータとか分析させたら、何か分かるかもしれない」
AさんはChatGPTという名前は聞いたことがありましたが、それが和菓子店の経営に役立つとは思ってもみませんでした。
しかし、廃棄ロスに悩み続けていたAさんは、藁にもすがる思いで娘に詳しく聞いてみることにしました。
CSVデータをそのまま投げ込んでみた
AさんはChatGPTの無料版アカウントを作成しました。
そして、POSレジから過去1年分の売上データをCSV形式で抽出。
データには日付、曜日、商品名、販売個数、売上金額などが記録されていました。
最初は恐る恐る、ChatGPTに次のように入力してみました。
「このCSVデータから、曜日別の売上傾向を分析してください」
すると、数秒後には整理された分析結果が表示されました。
月曜日から日曜日まで、それぞれの平均売上個数、最も売れる商品、売上金額の推移などが分かりやすくまとめられていたのです。
手応えを感じたAさんは、さらに質問を重ねました。
「天気と売上の関係は?」「月末と月初で違いはある?」「季節による変化は?」
ChatGPTは投げかけられた質問に対して、次々と興味深い分析結果を返してきました。
AIが導き出した「需要予測の法則」

想像以上に詳細な分析結果
ChatGPTが示した分析結果は、Aさんの予想をはるかに超える詳細さでした。
単に「雨の日は売上が少ない」というレベルではなく、具体的な数値で傾向が示されていました。
例えば、天候と曜日を組み合わせた分析では、「雨の月曜日:通常の月曜日の70%」「晴れの土曜日:通常の土曜日の130%」「雨の土曜日:通常の土曜日の95%」といった具合です。
興味深いことに、土曜日は雨でもそれほど売上が落ちないことが分かりました。
これは週末の買い物は天候に関係なく計画的に行われることが多いためだと推測されます。
さらに、給料日との関係も明確になりました。
一般的な給料日である25日の直後の週末は、通常の週末と比べて150%の売上を記録していました。
月末の金曜日も同様に売上が伸びる傾向があることが判明しました。
商品別の売れ筋パターンも判明
次にAさんは、商品別の分析を依頼しました。
すると、これまで何となく感じていたことが、明確な数字として現れてきました。
どら焼きは平日にコンスタントに売れる安定商品で、天候の影響を受けにくいものです。
一方、生菓子である上生菓子や大福は、週末に売上が集中し、特に土曜日の午前中に最も多く売れていました。
また、雨の日には日持ちのする焼き菓子(どら焼き、カステラ、最中)の比率が高まり、生菓子の売上は通常の60%程度に落ち込むことも分かりました。
季節性についても興味深い発見がありました。
桜餅や柏餅といった季節商品は、その季節の最初の2週間に売上の60%が集中していたのです。
つまり、季節商品は早めに多く仕込み、後半は控えめにすべきだということが、データから明確に示されました。
実践と検証 – 3ヶ月間の取り組み

毎朝のルーティンに組み込む
分析結果を手にしたAさんは、早速これを日々の製造計画に活かすことにしました。
毎朝の新しいルーティンが生まれました。
朝4時に起床し、まずスマートフォンで天気予報を確認します。
そして、ChatGPTを開き、「明日は雨予報の火曜日です。過去のデータから、どら焼き、大福、上生菓子をそれぞれ何個製造すべきか提案してください」といった質問を投げかけます。
ChatGPTは過去の分析結果を基に、「雨の火曜日の傾向から、どら焼き25個、大福15個、上生菓子10個を推奨します」といった具体的な提案を返してきます。
もちろん、AIの提案をそのまま鵜呑みにするわけではありません。
近隣でイベントがある日、学校の行事がある日など、地域特有の事情はAさん自身の経験と判断で調整を加えます。
AIのデータ分析と、職人の経験知を組み合わせることで、より精度の高い製造計画が立てられるようになりました。
微調整を重ねながらの精度向上
最初の1ヶ月は、まだ半信半疑な部分もありました。
ChatGPTの提案通りに仕込んでみても、予測が外れることもありました。
しかし、Aさんはあきらめませんでした。毎日の実際の販売結果を記録し、予測との差異を分析しました。
例えば、地元の中学校の近くという立地から、定期試験の時期には学生の来店が減ることが分かりました。
また、年金支給日の15日前後は、高齢者の来店が増え、特に和三盆を使った上生菓子がよく売れることも判明しました。
こうした地域特性のデータを追加でChatGPTに学習させることで、予測精度は週を追うごとに向上していきました。
2ヶ月目に入ると、予測の的中率は80%を超えるようになりました。
特に、通常の平日における予測はほぼ完璧と言えるレベルに達しました。
イレギュラーな要因がある日でも、Aさんの経験による補正を加えることで、大きな外れはなくなっていきました。
数字に現れた確かな成果

廃棄ロスが月20万円から10万円へ
3ヶ月間の取り組みを経て、月次の棚卸しを行った結果は、Aさん自身も驚くものでした。
これまで月平均20万円だった廃棄ロスが、10万円まで減少していたのです。
率にして50%の削減です。
特に効果が大きかったのは生菓子でした。
日持ちがしない大福や上生菓子は、これまで「念のため多めに」作ることが多く、結果として廃棄も多くなっていました。
しかし、精度の高い需要予測により、適正な製造量が分かるようになったことで、廃棄はほぼゼロに近いレベルまで減少しました。
コスト削減効果は月10万円、年間では120万円にも上ります。
これは従業員一人分の賞与に相当する金額であり、小規模経営の和菓子店にとっては極めて大きな成果でした。
品切れによる機会損失も大幅改善
廃棄ロスの削減と同時に、もう一つの大きな成果がありました。
それは品切れの大幅な減少です。
これまでは、廃棄を恐れるあまり少なめに仕込むこともあり、人気商品が午後早々に売り切れることも珍しくありませんでした。
しかし、需要予測の精度が上がったことで、必要な分だけを確実に用意できるようになりました。
「せっかく来たのに、もう売り切れですか」という顧客の失望の声を聞くことがほとんどなくなりました。
常連客からは「最近は夕方に来ても商品が残っているから助かる」という声も聞かれるようになりました。
完全な品切れによる販売機会損失を金額換算すると、月間で約30万円の改善効果があったと推計されます。
つまり、廃棄ロス削減と機会損失改善を合わせると、月間40万円、年間では約500万円の収益改善効果があったことになります。
今回のまとめ
Aさんの和菓子店は、ChatGPTという最新のAI技術と、店に眠っていた1年分のレジデータを組み合わせることで、長年の経営課題を解決することに成功しました。
特別な投資も専門知識も必要なく、無料のAIツールと既存のデータだけで、月10万円の廃棄ロス削減と、月30万円の機会損失改善という具体的な成果を生み出したのです。
この事例が示すのは、デジタル技術の活用は決して大企業の専売特許ではないということです。
むしろ小規模事業者こそ、身軽さを活かして新しいツールを素早く取り入れ、大きな効果を得られる可能性を秘めています。
Aさんは今、地域の商店会でこの経験を共有し、仲間の店主たちにもChatGPTの活用を勧めています。
80年の伝統と最新のAI技術が融合することで、老舗和菓子店に新しい未来が開けました。
必要なのは高額なシステムでも専門家でもなく、一歩踏み出す勇気と、新しいものを受け入れる柔軟な姿勢だけなのかもしれません。

