第56話|AI(人工知能)でデータの価値は最大化するかもしれないが、人は人間らしさを発揮する必要がある

第56話|AI(人工知能)でデータの価値は最大化するかもしれないが、人は人間らしさを発揮する必要がある

数十年前に人工知能学会に参加していたとき、ここまでAI(人工知能)が社会で盛り上がるとは思ってもいませんでした。

当時私は、数学系の国の若手研究者に過ぎませんでした。数学の実務応用という観点で色々な学会に参加していましたが、数学の実務応用の近道はデータといかに向き合うのかにかかっていました。

その最有力が統計学です。統計学というキーワードを起点に、人工知能学会や日本経済学会、日本心理学会、日本オペレーションズリサーチ学会などに手を広げていました。

そして、統計学が世界的にブレークし、New York Times の記事(2009/8/6)では「今後 10 年間で最もセクシーな仕事は統計専門家」(I keep saying that the sexy job in the next 10 years will be statisticians)と話題になり、日本でも西内さんの「統計学が最強の学問である」(2013/1/24)という書籍が売れに売れ話題になりました。

当時は、「データは膨大にあるが、それを活用できる能力が足りない」と言われていました。

そこで登場したのが機械学習(ML)の技術をベースにするAI(人工知能)です。

AI(人工知能)化したら、経営陣に怒られた!

あるプロジェクトで、ある業務をAI(人工知能)化することになりました。

機械的にできる単純な作業(定型作業の自動化)だけでなく、AI(人工知能)に判断させてやる業務も含まれています。

実施したことは、経営層やマネジメント層向けの営業レポートの半自動化(AI化)です。

  • 1. データの抽出から加工・集計・表生成・グラフ化といった定型作業
  • 2. その定型作業から生み出された表やグラフに対するコメントアウト
  • 3. コメントアウトの内容からどのような深堀分析を実施するかの判断
  • 4. 深堀分析の実施とコメンアウト
  • 5. さらなる深堀分析のためのチャットボット機能

1と2を「1次分析」、3と4を「2次分析」、さらなる深堀分析を「3次分析以降」と呼んでいました。

経営陣も最初は面白いと太鼓判を押し、とりあえず、第一フェーズとして1~4までの業務を実施するAI(人工知能)を作ることになります。

しかし、途中であることに気づき、一部の経営陣が怒り出しました

83%の作業が消える

1~4までの業務を実施するAI(人工知能)を実現することで、どのような効果が望めるのかを試算しました。

控えめに効果を試算した結果、その業務に携わっている人の83%の作業が、AI(人工知能)で実現できることが分かりました。要するに、その部署の83%の作業がなくなり、今までの17%の仕事だけやれば済むということです。

試算方法は非常に単純で、ABC(Activity Based Costing、活動基準原価計算)で試算したため、かなり正確です。ABCとは、各作業のコストを単価・時間・回数をもとに計算する方法で「コスト=単価×時間×回数」で求めます。

つまり、すべての作業をアクティビティという単位の細かい作業単位に分解し、各アクティビティに携わる人の単価(1分あたりの給与)とそのアクティビティ1回にかけた時間、そして月何回そのアクティビティを実施したのかを洗い出し、コスト計算します。

ここで試算された83%の作業がなくなるというのは、今までかけていた時間の83%の作業がなくなるという意味です。

非常にすばらしいことです。要するに、AI(人工知能)でデータの価値が最大化し、業務全体が効率化され、コストが削減され、利益率も向上するのです。

その部署の83%の人員をカットするのか!

では、なぜ怒られたのでしょうか。

83%の作業がなくなった部署の人員をどうするのか?

……ということで怒られました。

単純に考えれば、その部署の83%の人員をカットしても、その部署は回ります。それほど単純ではないかもしれませんが、少なくとも半数以上の人員はいらなくなります。

要するに、83%の作業がカットされた後、その業務に従事していた人を扱うのかが、怒りの内容でした。

データ分析の担当者にその解決策まで求めるのも酷な気がしますが、AI(人工知能)に限らずデータ活用の先にある効率性というご褒美には、昔からついて回る問題です。

よくある解決策の一つが、AI(人工知能)できないぐらい高度な知的労働をさせればよい、という解決策があります。現実は、結構ハードルが高いです。比較的簡単な仕事が辞め、比較的難しい仕事をさせるのですから。急にそのようなスキルが身につくことはありません

働き方改革

昨今、働き方改革が叫ばれています。今回のAI(人工知能)化で、その部署では、否が応でも働き方改革することになりました。

人間にしかできないこと。そこだけやればよい。それは、それは何か?

それはデータ化されていない情報を、今回AI(人工知能)化した「経営層やマネジメント層向けの営業レポート」作業に付加することでした。そのためには、鋭い洞察力が求められます。

鋭い洞察力のある能力の高い人は、AI(人工知能)化する前から、そもそもの営業レポートの作成業務のスピードクオリティが高い。そのクオリティを高める作業に今まで以上に時間を割くことで、よりクオリティの高い営業レポートが出来上がる、という好循環鋭い洞察力のある能力の高い人の場合にはあります。

しかし、現実的な問題は、そのような人は稀で、結局、83%の時間がカットされても、残りの17%の作業をだらだらとしてしまい、人も作業時間も減らなかった、ということが起こりがちです。

では、どうすればよいのか?

AI(人工知能)化できないような高度な知的作業は、定義すら難しく、難易度が高い。このような難易度の高い業務をできる人財は非常に少ない

では、どうすればよいのか?

一つ見えてきた解決策として、「人は人間らしさを発揮すればよい」ということです。

効率化というキーワードで物事を進めると、どこかでコンピュータなどの機械が人を凌駕するタイミングが来ることでしょう。

そう考えると……

  • AI化できないくらい高度な知的業務と、
  • AI化にそぐわない非効率な人間臭い業務

……が残されていると思います。

今回の場合ですと、そのAI化にそぐわない非効率な人間臭い業務をすることで、もしかしたら味のある「経営層やマネジメント層向けの営業レポート」が出来上がるのではないのかということで、チャレンジしました。

「人間臭い」をポイントに「経営層やマネジメント層向けの営業レポート」を作成した結果、面白いことが起こりました。

人間臭いと注目してくれる

実は、「経営層やマネジメント層向けの営業レポート」は、月1回のものと週1回のもの毎日のものの3種類あり、階層別(執行役以上・部長以上・マネジャー以上)に作成され共有されていました。もちろん内容は異なります。月1にものは内容は濃いもので、毎日のものは情報共有程度です。

毎日マネジャー以上に共有されていたものは、朝と昼に2回メールで配信されていました。毎日の共有されていたレポートに問題がありました。毎日ということもあるのか、メールすら開かずスルーしている人がいるのです。

そこで、その毎朝配信しているメールの文面を、その配信する人ならではの工夫をしてもらいました。

例えば……

  • 月曜日の担当者はクイズを出してみたり
  • 火曜日の担当者は地元の方言を使ってみたり
  • 水曜日の担当者は昨日の嬉しかったことを共有したり
  • 木曜日の担当者はおススメの昼食スポットの情報を掲載してみたり
  • 金曜日の担当者は話題の時事ワードの解説を付け加えたり

……しました。

Eメールには、開封したのかとか、共有したレポートをダウンロードしたのかとかが分かります。工夫をすれば、レポートをどの程度読んだのかもわかります。

人間臭い営業レポートにすることで、面白いことが起こりました。メールの開封率が劇的に高まり、共有したレポートにも目を通してくれるようになったのです。

機械的に作られた感の高いレポートよりも、人間臭いレポートのほうが、多くの人の意識が向いたということです。

今回のまとめ

今回は、「AI(人工知能)でデータの価値は最大化するかもしれないが、人は人間らしさを発揮する必要がある」というお話しをしました。

AI(人工知能)バズワードですが、着実に人間の業務を奪っています

実際、最初はAI(人工知能)を夢物語に感じ面白がっていた経営者が、現実化されそうになりその効果が見えてきて、そして現実に目の当たりになると、急にネガティブな反応をするようになり、怒る人までできました。社員を大事にする気持ちからでしょう。

人間の業務を奪うということは楽になることではなく、その業務をしていた人が不要になるか、今まで以上に難易度の高い業務をしなければならないことになります。

もともと能力の高い人であれば、AI(人工知能)化によって、もっと高度な業務に注力することができるようになり、非常に良いのかもしれません。しかし、多くの人はそうではありません。

  • AI化できないくらい高度な知的業務をすべきか?
  • AI化にそぐわない非効率な人間臭い業務をすべきか?

私の考えですが、AI(人工知能)には効率性を追求してもらい、人は人間らしさを発揮するのが良い気がしまっす。その方が、仕事が楽しくなるのではないかと感じた、今日この頃です。