研修で必ず出てくる話があります。
「アイスクリームが売れる時期は、水難事故も増える。
でもアイスが事故を起こしているわけではない。
どちらも気温のせいで増えている」
聞けば誰でも分かる話です。
ところが、この知識が会議で使われることはめったにありません。
理由は単純で、実務に出てくる数字は、ここまで分かりやすく間違っていないからです。
「クーポンを配った週は売上が高い」
「訪問回数が多い顧客ほど受注額が大きい」
こうした数字は、いかにも「だから増やせばいい」と言いたくなる形をしています。しかもデータとしては正しい。ここが落とし穴です。
まず、2つの言葉を実務の言葉に置き換えておきます。
- 相関関係とは、2つの数字が一緒に動いている、という観察結果です
- 因果関係とは、片方を動かせばもう片方も動く、という関係です
違いは、答えられる質問の違いだと考えてください。
相関が答えられるのは「売れている週には、何が起きていましたか」まで。
「クーポンを増やしたら、売上はいくら増えますか」に答えられるのは、因果だけです。
そして会議で議論しているのは、たいてい後者のほうです。
相関のまま判断した会社に何が起きたか

食品スーパーを30店舗展開するA社の話です。
販促手段は、以下の3つです。
- チラシ
- アプリクーポン
- 店頭POP
チラシ費用の負担が重く、経営層から効果を検証してほしいという要望が出ていました。
販促担当のB氏が過去2年分の週次データを集計したところ、アプリクーポンを配信した週の店舗平均売上は、配信しなかった週より約12%高いという結果が出ました。
チラシのほうは、あってもなくても売上差は3%程度。集計にミスはありません。
A社はこの結果をもとに、チラシ費用を3割削減し、その分をクーポンに回しました。ところが翌年、売上は前年並みにとどまります。クーポンの配信回数を1.5倍に増やしたにもかかわらず、です。
原因を調べる中で、B氏はあることに気づきました。
クーポンをいつ配るかは、担当者の経験で決めていたのです。
給料日の直後、月初、季節イベントの前。つまり、もともと客足が伸びる週を狙って配っていたわけです。12%という差には、クーポンの効果と、その週がもともと持っていた強さが、混ざったまま入っていました。
チラシのほうにも見落としがありました。
削減した地域では、ふだん来店しない高齢層の来店が減っていたのです。チラシは「普段来ない人を呼び戻す」役割を担っていましたが、全店平均の3%という数字の中では見えなくなっていました。
B氏の分析技術に問題があったわけではありません。
出てきた数字が答えていたのは「配信した週の売上は高いか」であって、会議で議論していた「クーポンを増やせば売上は増えるか」ではなかった。
このズレが、そのまま予算の損失になりました。
取り違えが起きる3つのパターン

原因と結果が逆になっている

「訪問回数が多い顧客ほど受注額が大きい」
法人向けサービスのC社は、この結果を見て訪問件数の目標を引き上げました。しかし受注額は変わりませんでした。
営業担当者は、受注が見込めそうな顧客に足を運びます。訪問したから受注が増えたのではなく、受注が見込めるから訪問していたのです。
原因と結果が、想定と逆向きでした。
「問い合わせの多い顧客ほど継続率が高い」も同じ構造かもしれません。
矢印の向きは、グラフの見た目からは分かりません。
共通の原因が、両方を動かしている

背後にある第三の要因を交絡因子と呼びます。
アイスと水難事故における気温、A社における「給料日後の週である」という要因が、これにあたります。
実務でこれが紛れ込む入口は、たいてい「対象の選び方」です。
施策の相手をくじ引きで決める会社はありません。反応が良さそうな相手を選んで打ちます。
その選び方の基準が売上とも関係していれば、施策を受けた側と受けなかった側は、施策の有無とは別のところで最初から違っています。
見えている集団が、すでに偏っている

既存顧客アンケートで満足度4.2という数字が出たとします。
しかし答えているのは、契約を続けている顧客だけです。不満を持って離れた人は、はじめから回答者に入っていません。
このパターンが厄介なのは、データを増やしても直らないことです。
回答数を10倍にしても、辞めた人が含まれない性質は変わりません。
「効いた」と言うために必要な比較

3つのパターンには、共通の原因があります。
比べる相手の選び方です。
本来やるべきことは決まっています。同じ相手について、施策を打った場合と打たなかった場合を比べる。ただし後者は、絶対に観測できません。
時間は巻き戻せないからです。
そこで現実にできるのは、「打たなかった場合」の代わりになる相手を用意することです。
効果測定とは、この代役探しだと考えると分かりやすくなります。
代役の作り方は3つ。
- くじ引きで対象を分ける(代役は、くじ引きで施策を打たなかった方)
- 性質の近い相手を探してくる(代役は、施策は打たなかった似た人)
- 施策の前後で比べる(代役は、施策の前の状態)
3つ目は季節の影響を拾いやすいので、施策を打っていない別の店舗や地域も並べて見ると精度が上がります。
どの方法でも、確認することは同じです。
それは、「比べる2つは、施策の有無以外の点で似ていると言えるか 」です。
ここに自信を持って答えられないうちは、その数字はまだ効果を示していません。
明日からできる3つの問い

専門的な手法を使わなくても、判断の質は上げられます。
報告を受けた場面で、次の3つを確認してみてください。
問い1「今回の対象は、どうやって選びましたか」

まず聞くべきは、施策の相手をどう決めたかです。
たとえば「反応率の高い上位2割の顧客に配信しました」という答えが返ってきたとします。
この時点で、配った相手と配らなかった相手は、もともと別のグループです。
売上に差が出るのは当然で、その差の大半はクーポン以前の差かもしれません。
対象を絞ること自体は、正しい実務です。
ただ、絞ったぶん効果は測りにくくなる。これを判断の前に共有しておくだけで、過大な期待は避けられます。
問い2「打たなかった相手とは、どこが違いますか」

次に、比較相手の中身を確認します。難しい分析は要りません。
取引年数、購入頻度、地域、規模。主な項目の平均値を、2つのグループで並べた表を1枚作るだけです。
配布グループの平均購入頻度が月3回、非配布グループが月1回だったなら、両者の売上差は施策とは別の理由で説明がついてしまいます。
逆に主な項目がほぼ揃っていれば、その報告の説得力は一段上がります。
問い3「矢印を逆にしても、話が通じますか」

最後に、原因と結果を入れ替えて読み直します。
「訪問したから受注が増えた」を逆にすると、「受注が見込めるから訪問した」になります。
これは十分にありえる話です。
一方「アイスが売れたから気温が上がった」はどうでしょう。明らかに成り立ちません。
逆にすると不自然な場合は、少なくともこのパターンの心配はないと判断できます。
この3つに加えて、報告の書き方を1つ変えることをおすすめします。
効果を示す数字には、比べた相手の説明を必ず添えることです。
「配信週は給料日後に偏っています」と一行書き添えるだけで、読み手は数字の性質を正しく受け取れます。
限界まで書いてある報告のほうが、意思決定者からの信頼は高くなります。
今回のまとめ

「相関と因果は違う」が実務で機能しないのは、その知識が間違っているからではなく、目の前の数字がそこまで分かりやすく間違っていないからです。
だからと言って、あらゆる判断を止める必要はありません。
すべての意思決定に厳密な検証を求めていては、事業は前に進まなくなります。
必要なのは、いま何を根拠に判断しようとしているのかを、言葉にできる状態を保つことです。
傾向を示している数字なのか、施策の結果を示している数字なのか。その区別さえつけば、まず小さく試す、対象を絞って確かめるといった、確からしさに応じた進め方が選べるようになります。
出発点は、専門的な手法ではありません。
- 対象はどう選んだのか?
- 比べた相手はどこが違うのか?
- 矢印は逆ではないのか?
この3つを問える組織は、扱う技術が変わらなくても、意思決定の質が着実に上がっていきます。
数字を疑うことと、数字を使わないことは、まったく別のことです。
相関と因果の区別は、データを信じないための知識ではなく、データを使い切るための知識です。

