第508話|傾向スコアを数式ゼロで理解する
「似た者同士」をつくって比べるという発想

第508話|傾向スコアを数式ゼロで理解する「似た者同士」をつくって比べるという発想

効果検証の話題で、名前だけはよく聞く手法があります。「傾向スコア」です。

ところが、解説を読み始めると、多くの方が途中で閉じてしまいます。

ロジスティック回帰、共変量、マッチング。数式と専門用語の壁が、いきなり立ちはだかるからです。

今回は、数式を一切使わずに、この手法が「何をやっているのか」だけを説明します。

実は、やっていることは驚くほど素朴です。

似た者同士のペアをつくって比べる。それだけです。

読み終わる頃には、報告書でこの手法を見かけたときに、確認すべきポイントまで分かるようになっています。

出発点――そのまま比べると、もともとの差が混ざる

アプリ会員と非会員の購入額グラフを並べ、もともとの差に気づく分析担当者

 いつもの問題

購入額1.8倍のグラフを前に、会員の顔ぶれを確認するマーケティング担当者

ある通販会社F社で、アプリ会員の年間購入額を集計したところ、非会員の1.8倍という結果が出ました。

「アプリ会員になると、購入額が80%増える」と言いたくなる数字です。

しかし、もうお気づきかもしれません。

アプリを入れるのは、もともとよく買うお客様です。

会員と非会員は、アプリの有無以外の点でも、最初から違う集団でした。

1.8倍という差には、アプリの効果と、もともとの差が混ざっています。

 理想は「そっくりさん」を探すこと

会員一人ひとりに、条件がそっくりな非会員を探してペアにしていく様子

この問題への素直な対処は、こうです。

会員のひとりひとりについて、性質がそっくりな非会員を探してきて、ペアにする。

35歳・女性・月2回購入・首都圏在住の会員には、同じ条件の非会員をペアにする。

こうしてできたペアの束で購入額を比べれば、「もともとの差」は消え、残った差はアプリの効果に近づきます。

考え方としては、これで完成です。

似た者同士をつくって比べる。傾向スコアがやろうとしていることは、最初から最後までこれだけです。

 ところが「そっくりさん」は見つからない

条件カードを重ねるほどペアの相手が減っていき、困り顔になる分析担当者

問題は、実行の段階で起きます。

揃えたい条件は、年齢だけではありません。

性別、購入回数、購入金額、地域、利用年数、よく買う商品カテゴリ。

条件を1つ増やすたびに、すべてが一致する相手は急速にいなくなります。

7つも8つも条件を重ねれば、ペアの相手が見つからない会員だらけになる。

そっくりさん探しは、理想的だが実行できない。

ここで、発想の転換が必要になります。

発想の転換――「そっくり」を1つの点数にまとめる

多数の条件カードが1枚の点数カードにまとまっていく様子

 「会員になりやすさ」を点数にする

顧客情報から「会員になりやすさ」を点数として算出する分析担当者

転換のアイデアはこうです。

条件を1つずつ揃えるのをやめて、「この人がアプリ会員になりそうな度合い」を1つの点数にまとめてしまう。

年齢、購入回数、地域といった手元の情報から、「この人が会員になる見込みは何%か」を計算します。

よく買う若いお客様なら85点、ほとんど買わないお客様なら10点、といった具合です。

この点数のことを、分析の世界では傾向スコアと呼びます。

名前は仰々しいですが、実体は「施策の受けやすさの点数」です。

 点数が同じなら、中身の組み合わせは違ってよい

同じ点数札を持つ会員と非会員が、中身の違う条件カードを持ったままペアになる様子

点数ができたら、あとは単純です。

40点の会員には、40点の非会員をペアにする。85点には85点を。

条件7つの完全一致を探す代わりに、点数という1つの物差しだけで相手を探します。

ここで面白いのは、ペアの中身です。

片方は「若いが購入回数は少ない」、もう片方は「年配だが購入回数が多い」かもしれません。

個々の条件は違っても、「会員へのなりやすさ」という物差しの上では同じ位置にいる。

何十個の条件を1つの点数に圧縮することで、見つからなかったそっくりさんが、見つかるようになるわけです。

 F社では、結論がこう変わった

1.8倍と1.15倍の2つの棒グラフを見比べ、判断を改める経営会議の様子

F社で、点数の近い者同士をペアにして購入額を比べ直したところ、会員は非会員の1.15倍でした。

単純比較では1.8倍。似た者同士の比較では1.15倍。

差の大部分は、アプリ以前からあった「もともとの差」だったことになります。

アプリに効果はある。ただし80%増ではなく、15%増程度。

この違いは、アプリ施策にいくら投じるかの判断を大きく変えます。

ペアを作って終わり、ではない――「揃ったか」の確認

ペア作成後の2つのグループの平均値を、表で見比べる分析担当者

 本当に似た者同士になったかを、表で確かめる

ペアの前後で数値が揃っていく比較表を指差して確認する様子

この手法には、飛ばしてはいけない工程が1つあります。

ペアを作った後に、本当に似た者同士になったかを確認することです。

やることは単純です。

ペアにした後の会員グループと非会員グループについて、平均年齢、平均購入回数、地域の構成比などを並べた表を作ります。

ペアにする前は大きく違っていた数字が、ペアの後にほぼ揃っていれば、比較の土台ができたと言えます。

揃っていなければ、点数の作り方を見直してやり直しです。

 報告書を見るときのチェックポイント

報告書に比較表が添えられているかを確認する意思決定者

裏を返せば、この表は報告を受ける側の武器になります。

傾向スコアを使った分析報告に、「ペア後の比較表」が添えられているか。

添えられていなければ、似た者同士になった証拠がないまま結論だけが示されている、ということです。

手法の名前に説得されず、この1点を確認してください。

この手法が使えない2つの場面

高得点側に相手がいない分布図と、欠けたデータ項目を前に立ち止まる分析担当者

 ペアの相手が、そもそもいない

点数90点台の会員の列に、ペアになる非会員が見つからない様子

1つ目は、点数の分布が偏っている場合です。

会員のほとんどが90点以上で、非会員側に90点台の人がほとんどいないとします。

このとき、高得点の会員にはペアの相手がいません。

無理に70点の非会員をあてがえば、それは似ていない者同士の比較です。

対処は、比べられる範囲だけで比べること。

そして「90点以上の会員は比較から外れている」と報告に明記することです。

範囲を絞ることは分析の失敗ではありません。

黙って範囲外まで結論を広げることが失敗です。

 大事な性質が、データにない

「買い物好き」という見えない性質がデータの外側にあることを示す図を前にした分析担当者

2つ目は、より根本的な限界です。

点数は、手元にあるデータからしか作れません。

たとえば「買い物そのものが好きかどうか」という性質が、アプリを入れるかどうかを大きく左右しているとします。

この性質はデータにありません。

すると、点数を揃えても、この性質は揃わないままです。

似た者同士に見えるペアが、実は肝心なところで似ていない。

つまりこの手法は、魔法ではありません。

消せるのは、手元のデータに含まれている範囲の「もともとの差」だけです。

だからこそ、報告には「何を揃えたか」だけでなく、「何は揃えられていないか」も書く必要があります。

今回のまとめ

点数でペアになった似た者同士を比べながら、確認ポイントを指差す分析担当者

傾向スコアという名前から想像されるほど、この手法は難解ではありません。

やっていることは、①施策の受けやすさを1つの点数にまとめ、②点数の近い者同士をペアにして、③似た者同士の状態で比べる。

これだけです。

覚えておく価値があるのは、手法の名前や計算方法ではなく、その狙いです。

そのまま比べると混ざってしまう「もともとの差」を、似た者同士をつくることで取り除く。

この狙いさえ理解していれば、自分で計算しなくても、報告書を正しく読めます。

確認すべきは2点です。

ペアにした後の比較表が添えられているか。そして、手元のデータにない要因として何が残っているか。

この2つを問える読み手がいる組織では、手法が一人歩きすることはありません。

よくある質問

Q. 傾向スコアとは何ですか?一言で説明してください

「その人が施策を受けやすいかどうか」を1つの点数にまとめたものです。

たとえばアプリ会員施策なら、年齢や購入履歴などの情報から「この人が会員になりそうな度合い」を計算します。

この点数が近い者同士をペアにして比べることで、施策を受けた人と受けていない人の「もともとの差」を取り除きます。

Q. なぜ条件を1つずつ揃えるのではなく、点数にまとめるのですか?

条件を増やすほど、すべてが一致する相手が見つからなくなるからです。

年齢・性別・購入回数・地域など7つも8つも条件を重ねると、完全に一致するペアはほぼ存在しません。

多数の条件を「施策の受けやすさ」という1つの点数に圧縮すれば、点数という1つの物差しだけで相手を探せるようになります。

Q. 傾向スコアを使えば、施策の効果は正しく測れますか?

条件付きで近づけます。

取り除けるのは、手元のデータに含まれている範囲の「もともとの差」だけです。

たとえば「買い物好きかどうか」のようにデータにない性質が施策の利用を左右している場合、点数を揃えてもその性質は揃いません。

報告では「何を揃えたか」と「何は揃えられていないか」をセットで示す必要があります。

Q. 傾向スコアの分析報告を受けるとき、何を確認すればよいですか?

2点です。

1つ目は、ペアを作った後の比較表(両グループの平均年齢や購入回数などを並べた表)が添えられているか。これがなければ、似た者同士になった証拠がありません。

2つ目は、手元のデータにない要因として何が残っているか。

この2つを確認すれば、手法の名前に説得されずに報告を読めます。

Q. 傾向スコアが使えないのは、どんな場面ですか?

大きく2つあります。

1つ目は、点数の分布が偏っていて、ペアの相手が見つからない場合です。この場合は比べられる範囲だけで比べ、範囲外を除いたことを明記します。

2つ目は、施策を受けるかどうかを左右する大事な性質がデータにない場合です。

この場合、点数を揃えても肝心な部分は揃いません。